文・写真=勅使河原 純
BLACK OF DEATH
カラスは野生動物としては嗅覚がにぶく、そのかわりにきわめて高い知能と、闇夜もさして苦にしない鋭い視覚を保持している。その意味では、かなり人に近い存在といっていいかもしれない。街中のカラスは、餌を入手するため絶えず路上に気を配り、とりわけ生ゴミを捨てる人間たちの行動には異常なほどの関心を払っているようだ。産卵やヒナの養育時期を別にすれば、普段あまり目につくこともない彼らだが、一旦不審なものを発見すると態度はガラリと変わる。
「カーカー」ではなく、「ギャーギャー」と警戒音を上げながら、烈しく旋回して、大騒ぎをはじめる。急降下して地上すれすれに飛んだかと思うと、通行人を背後からクチバシ、ツバサ、足、それにけたたましい鳴き声で威嚇し、糞爆弾を投下したりもする。時には空を埋めつくすほど大勢の仲間たちを集結させ、黒い悪魔を想像させることさえあるという。
街中の野生動物に、ひとかたならぬ親近感を抱いてきたアーティストコレクティブChim↑Pomのメンバーたち(卯城竜太、林靖高、エリイ、岡田将孝、稲岡求、水野俊紀)が、こうして大都会の雑踏をものともせずに活性化し、クレバーに進化してきたカラスの群れに注目してきたのは、きわめて自然な成行きだったといえよう。「BLACK OF DEATH」のおおよその手順はこうだ。
黒いカラスの剥製を持参し、大都会の街中に現れる。それだけでも相当に刺激的なのだが、メンバーはさらに空に向けてカラスが「仲間を呼ぶ」ときに発する独得の鳴き声を拡声機で流す。仲間が人に捕まってしまったと、勘違いでもするのだろうか。物見高いカラスたちが上空にワイワイと集まってくる。十分に現場へ近寄ってきたところで、車やバイクで移動をはじめる。
興奮したカラスは、必死になってChim↑Pomの後を追いかけはじめる。鳥の飛ぶスピードに合わせて車の速度を上下させながら、カラスの群れをうまく牽引して目的地にまで誘導していく。街中のパフォーマンス・アートは、野生動物の執拗な攻撃をかわしながらの、ゲリラアクションでもあるのだ。その様子は、通りを行く人々の驚きの表情までをも含めて、細大漏らさず撮影・記録される。思い通りの効果を挙げようとすると、並みでない勇気と機敏さが要求されるに違いない高度な技である。
Chim↑Pomは2007年に東京・代々木でこれに挑戦し、あわせてロードムービーの撮影を行っている。以降渋谷、原宿、新宿、国会議事堂まえ、多磨霊園の岡本太郎墓所、歌舞伎町、都庁、明治神宮などでも、矢継ぎ早にトライしている。さらに2013年になると、この映像シリーズの新バージョンとして、当時「避難指示区域」とされていた福島の空白域へも活動領域を広げている。大阪万博記念公園の周辺、「太陽の塔」の背面(『黒い太陽』)などが舞台にされることもあった。いずれも全国各都市のよく知られた地点ばかりである。名所でカラスとともに記念撮影された写真類は、まとめて名物土産物風のポストカードセットとして一般にも販売されていた。
滅多に人に飼われることのないカラスは、都会に溶けこみまるでその一部のようになって暮らしている。だがChim↑Pomの、パフォーマンスという手法を通していま一度眺め返すと、意外なことにまったく独自の磨きぬかれた生態で、苦心惨憺しながら生きている彼らの実態が鮮やかに浮かび上がってくるのだ。
勅使河原 純
美術評論家。1948年岐阜県出身。世田谷美術館で学芸業務のかたわら、美術評論活動をスタート。2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所「JT-ART-OFFICE」を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。