自らの進むべき道をメキシコで見つけた
画家・北川民次の約30年ぶりの回顧展
20歳で渡米し、働きながら絵を学んだのち、革命後の壁画運動に沸く1920年代のメキシコで新進画家、そして教育者として出発した北川民次（1894〜1989）。1936年の帰国後は東京・池袋を経て愛知・瀬戸に居を定め、晩年まで精力的に作品や著作を発表する。「メキシコから日本へ」という特異な歩みの中で北川が見出し、追求したものとは何だったのだろうか。
この展覧会は、メキシコ時代から一貫して見られる、市井の人々への温かなまなざしと鋭い社会批判をはらむ北川の代表作に加え、未来の社会をつくる子どもに向けた絵本や美術教育の仕事、さらに1955年のメキシコ再訪を経て取り組んだ念願の壁画などにも注目して構成されたものだ。
油彩約60点、水彩、素描、版画など約50点に、1920〜30年代メキシコの多様な芸術動向に関する資料、当時彼が交流した芸術家たちの作品を加えた約180点により、北川民次の表現を多角的に見つめる、約30年ぶりの回顧展である。
北川民次《鉛の兵隊（銃後の少女）》 1939年 個人蔵
展示構成
１：民衆へのまなざし
メキシコ時代から一貫して北川が見つめ、描いてきたのは、時代や社会情勢に翻弄されながらもたくましく生きる市井の人々の姿だった。《トラルパム霊園のお祭り》《アメリカ婦人とメキシコ女》などの作品にそれが表現されている。
北川民次《トラルパム霊園のお祭り》 1930年 名古屋市美術館
2：壁画と社会
1920年代メキシコの「壁画運動」の熱気の中を生きた北川は、帰国後、壁画のような壮大でメッセージ性のある作品を残した。ここでは《タスコの祭》《雑草の如くⅡ》など、緊密な構成の力強い作品が紹介される。
北川民次《雑草の如くⅡ》 1948年 名古屋市美術館
3：幻想と象徴
北川は、どこか幻想的で象徴性をおびた作品も制作している。戦時中に描かれた《岩山に茂る》に代表される、ひそかに時代の流れにあらがうかのような作品は必見だ。
北川民次《岩山に茂る》 1940年 個人蔵
4：都市と機械文明
激烈な近代化に向かう社会に生きた芸術家のひとりとして、北川は機械化が進む産業の風景などにしばしば目を向けた。ここでは《砂の工場》など、機械と人間をダイナミックに描いた作品を鑑賞することができる。
北川民次《砂の工場》 1959年 愛知県美術館
5：美術教育と絵本の仕事
メキシコ時代の北川は、先住民の大人や子どもに表現の機会を与える野外美術学校の教師として活躍した。帰国後、戦時中は絵本の制作に熱中し、戦後は名古屋の動物園を舞台に美術教育に携わっている。ここでは、メキシコと日本それぞれの生徒の作品、メキシコの民話を題材にした『うさぎのみみはなぜながい』（福音館書店）などの絵本の原画・下絵が展示され、1920年代メキシコ美術界における版画表現への注目に呼応するような、北川自身の版画作品も紹介される。
北川民次《絵本『うさぎのみみはなぜながい』原画》 1942年頃 真岡市教育委員会
エピローグ：再びメキシコへ
1955年、約20年ぶりにメキシコ再訪を果たした北川は、帰国後、念願の壁画制作に携わる。名古屋旧カゴメビルや、瀬戸市立図書館の壁画原画の展示を通して、壁画に対する彼の強いこだわりに触れられるだろう。
北川民次《瀬戸市立図書館陶壁原画 勉学》 1970年 瀬戸市美術館
展覧会の見どころ
（1）北川民次のまなざしの温かさを、味わう
先住民と深く交わりながら暮らしたメキシコ時代、あるいは陶器生産の活気あふれる瀬戸での日々。北川は、時代に翻弄されながらもたくましく生きる市井の人々とその生活を終生温かく見つめ、共感をもって描いた。壁画のような大作からごく小さな版画まで、あるいはダイナミックな群像表現から何気ない風景画に至るまで、この展覧会を通して北川のまなざしの温かさを味わってほしい。
北川民次《農漁の図》 1943年 東京都現代美術館
（2）壁画をめざして描かれた作品の力強さを、体感する
革命を経た1920年代のメキシコでは、真に民主的な社会の建設という理想を画家たちが公共建築の壁に描く「壁画運動」が花開いた。その表現の壮大なスケール、またメッセージ性の強さを知る北川は、帰国後、時に鋭い社会批判もはらむ大作を制作する。この展覧会では、壁画にすることを念頭に描かれた北川作品の力強さを体感し、戦後にようやく実現した壁画制作について知ることができる。
（3）美術教育と絵本の仕事に込めた子どもたちへの願いを、受け止める
メキシコで約10年間、また戦後日本でも数年間、北川は子どもたちの美術教育に携わる。絵を描くことを通して、一人ひとりが自由を希求する生き方をつかみとれるようにという願いが、そこにはあったようだ。戦時中、彼は絵本制作にも取り組む。この展覧会は、北川の生徒たちの作品や資料のほか、絵本原画や下絵によって、未来の大人である子どもに託した北川の願いを受け止められる機会になるはずだ。
北川民次 1949年 撮影：松谷錦二郎
※会期中に一部作品の展示替えあり（詳細は下記の美術館公式サイトに掲載）
※この展覧会は郡山市立美術館へ巡回（会期：2025年1月25日～3月23日）
[information]
生誕130年記念 北川民次展―メキシコから日本へ
・会期 9月21日（土）～11月17日（日）
・会場 世田谷美術館 1階展示室
・住所 東京都世田谷区砧公園1-2
・時間 10:00〜18:00（入場は17:30まで）
・休館日 月曜日 [9/23（月・振休）、10/14（月・祝）、11/4（月・振休）は開館]
※9/24（火）、10/15（火）、11/5（火）は休館
・観覧料 一般1,400円、65歳以上1,200円、大高生800円、中小生500円、未就学児無料
※障害者は500円（ただし小中高大専門学校生の障害者は無料）、介助者（当該障害者1名につき1名）は無料
※高校生、大学生、専門学校生、65歳以上、各種手帳所持者は、証明できるものの提示が必要
※クレジット決済またはｄ払いによるオンラインチケットを販売。オンラインでの購入が難しい場合、アーツカード等の各種割引を利用の場合は、美術館窓口で「当日券」を購入可能（ただし、会場内混雑の際には待機となる可能性あり）。
オンラインチケット販売サイト＝https://www.e-tix.jp/setagayaartmuseum/
・TEL 050-5541-8600（ハローダイヤル）
・URL https://www.setagayaartmuseum.or.jp