1月28日から2月13日までの期間、アート×ヒト×社会の関係をStudyする芸術祭「Study : 大阪関西国際芸術祭 2023」がグランフロント大阪や大阪府立中之島図書館をはじめとした大阪各所を舞台に開催された。
この芸術祭は、2025年に世界最大級のアートフェスティバル「大阪関西国際芸術祭(仮)」の開催を目指し、「アートとヒト」「アートと社会」の関係性や、アートの可能性を検証し学ぶ(Studyする)ためのプレイベントだ。
前回の「Study : 大阪関西国際芸術祭 / アートフェア 2023 [レビュー Vol.1]」に続き、会期中に開催されたアートフェアについて、ギャラリー以外の出展団体や特別展示を紹介しよう。
大阪市では2025年日本万国博覧会を見据え、新たなビジネスに取り組む中小企業等を支援し地域経済の活性化を図るため、IoT、AI、5G等の先端技術を活用したビジネス創出の推進に取り組んでいる。そんな大阪市が設置した、先端技術を活用したビジネスのサポート拠点であるソフト産業プラザTEQS(公益財団法人大阪産業局)からは、「アート×NFT」をテーマに2つの企業が出展した。
ブースの出展者は、TEQSが立ち上げたプログラム「テック・ビジネス・アクセラレータSUITCH」の受講生だ。こうしたNFTやWEB3などのブロックチェーン技術を活用した新たなサービスやビジネスの開発を目指す動きが、どのような形でアートと結びついているのだろうか。
※WEB3とは、ブロックチェーン技術を基盤としたオンラインサービスの概念。
株式会社マルスエ佛壇
仏壇仏具の製造販売をおこなう企業「株式会社マルスエ佛壇」は、1925(大正14)年の創業以来、伝統工芸である名古屋仏壇を製作してきた。仏壇づくりは作業工程ごとに分業制で、ここでは漆塗りを専門的におこなっている。
アートフェア会場では、塗師の四代目にあたる伊藤大輔が「伝統工芸×NFT」の可能性について語ってくれた。
──今回出展されている作品について教えてください。
伊藤:佛壇が廃れていくとともに、様々な商品を開拓してきました。山車・御神輿・社寺建築・文化財の塗装修復、お寺や祭りの山車、日本刀の鞘など。そんなことをやっていたマルスエが去年、海外進出を果たしました。その海外に売り出した作品が、今回展示しているキャンドルスタンドや香立てです。名古屋市が推進する伝統産業海外マーケティング支援プロジェクト「Creation of Dialogue」に参加し、ヨーロッパのデザイナーと共に製品開発したものです。
伝統工芸の海外進出でよくある失敗が、とりあえず自分たちの作りたいものを作ってヨーロッパに持っていくけれども、海外の生活スタイルに合わなくて用途が見出せなかったり、かっこいいけど家に合わないからいらない、となってしまうケースです。そこで、Creation of Dialogueでは、「ヨーロッパの暮らしを考えたアイテムづくり」をコンセプトにして新作に取り組みました。
日本ではあまり見かけませんが、海外では飲食店、バーなどでロウソクがよく使われているんです。ヨーロッパのデザイナーから最初に上がってきたデザインを見て、そのカラフルさに最初は驚きましたが、いまでは一番人気のアイテムとなっています。始めはカルチャーショックを受けましたが、実際に作ってみるとシックな色合いに出来上がり、「これはありだな」と思いました。
──伝統工芸の漆とNFTを組み合わせたアートとは、どのようなものですか?
伊藤:右側に並んでいる大きめのキャンドルスタンドには、刀の柄などに用いる鮫革塗りが施されています。鮫の革を真鍮のキャンドルスタンドに貼り、その上から漆を鮫肌の谷が埋まるまで塗り重ねてから研ぐ、「研ぎ出し」という技法が使われています。表面が平らな仕上がりになっているでしょう。
工業製品は同一企画でロットごとに仕上がりにムラが無いものですが、鮫革塗りはどうしても生き物を使っているので、革によって違い、個性が生まれます。このキャンドルスタンドはブランドのシリアルナンバーを振って、一点一点にNFTを発行しているんです。ウォレットアドレスを持っていてNFTを受け取れる方は各自受け取ってもらい、ウォレットを持っていない人はマルスエでデータを保管しています。ブロックチェーンで作品の所有証明データが保管される。あくまでアイテムがメインで、データの保証や保存にブロックチェーン、NFTを使っているというのがこの作品です。
──こちらの塗り箸は、どのようにNFTと結びついているのでしょうか?
伊藤:こちらの「Finest Urushi NFTs」はよりNFTに比重を置いたもので、NFTを先に売り出して、それを購入した方に最高級の塗り箸を届ける、クラウドファンディング型のプロジェクトです。現在は300点の上限を設定し、NFTを完売してから箸を制作することになります。
伊藤:イメージで言うと、レシートがオンライン上で管理されて、間違いなくその人が持っていることを証明できるということ。もう一つ、この箸には10年の塗り直し保証がついているんです。塗り直し保証というのは、初期不良に対するものではなくて、気に入らなくなったら何度でも塗ってあげる、というものです。アイディアの元になったのは、自分の箸。塗り直して、何度も繰り返し使っています。今でいうと、SDGs的と言えるかもしれません。
──NFTにすることで海外からもアクセスしやすくなりますね。
伊藤:そうなんです。それがすごくNFTのいいところです。一つデメリットがあるとすれば、ドルや円じゃなくて、イーサリアムという仮想通貨を使って売買するので、ウォレットを持っていなかったり、仮想通貨を扱ったことがない人にとっては、なにか怪しげな通貨を使っているように映るかもしれないことですね。というのも、まだ時代が追いついていないのか、これからなのかちょっと判断できませんけど、仮にこれが日本でも一般的になると、決済の手段としてすごく優秀なんです。キャッシュレス決済は意外と手数料が高い。例えばPayPalだと、支払者と事業者を合わせると少なくとも6〜7%くらい納めなくてはいけなくて、その分商品の価格を上げるしかなくなるんですけど、ブロックチェーンはその点すごくいいのかなって。事業者はガス代と呼ばれる手数料だけで、買う人はNFTを買うだけなので。
──今後、世界に向けて伝統工芸とNFTを結びつけて発展させてみたいことはありますか?
伊藤:購入した人に何か特典が付随するものって、クラウドファンディングという形で以前からありますけど、クラウドファンディングで国境を越えようと思うとすごく難しいと思うんです。もし僕が、この「Finest Urushi NFTs」で上手くいったら、他の分野でも再現性が高いと思うんです。日本だけだとビジネスとして成り立たないものでも、世界中に規模を広げると需要も増えると思うので、そういった形でのグローバル化を考えています。
■株式会社マルスエ佛壇
ウェブサイト https://marusue.jp/
Instagram https://www.instagram.com/marusue_butsudan/
株式会社リコー
「香りのNFT化」という興味深いテーマで出展したのが、株式会社リコー 先端技術研究所 Human Digital Twin 研究センター 第1研究室。ブースは計測機や実験器具が並び、まるで科学実験場といった雰囲気だ。
壁には、匂いの成分を計測・数値化することで生み出されたグラフィックアートが展示されている。この作品には3Dプリント技術が用いられており、よく見ると表面に地図の等高線のような規則的な凹凸があることがわかった。
第1研究室の三木芳彦氏の話によると、吸引された気体は分子ごとにふるい分けて計測され、そのデータがモニターに図像として表示される仕組みのようだ。アート作品に見られる一本一本の線は、分子の存在を示しているという。
ここでは、匂いからNFTアートが生まれる仕組みを実際に体験することができた。
三木:下の作品は、ブレンドコーヒーが発している匂いの分子を表しています。蝋燭の炎のように見える線が大体4本にわかれていて、およそ4種類の分子がある事がわかります。それが画像を見てすぐに分かることなんですが、本当はこの中にもっとたくさんの情報が入っています。上の作品はバラ園の匂いを計測した時のものです。
三木:シールの色によって匂いの質が違うのですが、台座を回しながら、自分の一番好きな匂いとか、昔を思い出すような匂いを見つけてください。
テーブルには、様々な匂いの成分をつけた円錐形の紙が、円盤状の台座の上に置かれている。それを回して場所を変えると、吸い上げられる分子の混ざり方によって、嗅ぎ取れる匂いも変化する仕組みだ。
データ化したいと思う匂いの場所で手を止めると、吸引した気体を計測した結果がパソコンの画面上に画像として表示される。これを香りのスペクトルと呼ぶ。スペクトルとは、イオン化した気体分子を特殊な交流電界でふるい分けたあと電流として検出することによって得られる、分子構造ごとの濃淡を記録したもので、何の分子かまではまだ解明されていないそうだ。過去に分析した他の図像と比較することで──例えば薔薇の花の匂いのスペクトルと似ているというように──何の匂いに近いのかがわかるという。
さらに、体験者はその匂いについて感じたことを言語化して伝える。匂いの分子情報を可視化したこのスペクトルの画像は、匂いを撮影した時間や場所、想起した言語表現とともにNFTアートとして受け取る事ができる。
このとき実際に制作したNFTアートが次の画像だ。
研究者の三木氏に、「匂いのNFT化」の可能性などについて尋ねた。
──匂いをアートにするのは珍しい試みですね。
三木:匂いの計測技術はもともとありましたが、解析機は小型冷蔵庫ぐらいの大きさがありました。それを小型化して、持ち運びできるようにしたことが我々の強みです。まだ研究中で、価格はついておらず、今回は体験記念NFTの配布という形をとっています。
──これから、このNFTアートをどのように発展させたいですか?
三木:コーヒーや薔薇などの物体と人とのつながり、例えば香りを嗅いだ時の人の感情や感覚、反応表現と匂いのつながりなどを研究していきたいと考えています。匂いは人によって感じ方が異なるもの。それを数値や画像にすることによって、決まった特定の値や視覚的な認知ができるようになります。この研究が進むことで、人と人との感覚の差を埋めたり、理解し合えるようなデータの見せ方ができれば嬉しいです。
今後、仮想通貨やNFTが一般的に普及すれば、より多くの人が気軽にNFTアートを所持できるようになるだろう。今回の体験を通じて最も面白いと感じたのは、アートの受け手自身が作品の成り立ちに関われることだ。この技術がますます発展すれば、記念として残しておきたい大切な思い出の香りを、NFTアートとして飾っておくことが出来るようになるかもしれない。
■株式会社リコー
ウェブサイト https://www.ricoh.co.jp
リコーのガス・においセンシング https://jp.ricoh.com/technology/tech/122_GasOdorSensing
特別展示 サキタハヂメ / Hajime Sakita
地球の音たちとの共鳴「地球オルガンプロジェクト」
第二弾「菌琴虫琴」〜小さな小さな生き物たちの音色〜
NHK連続テレビ小説「おちょやん」、Eテレ「シャキーン!」などの音楽を手掛け、ミュージカルソー(のこぎり)奏者でもある音楽家・サキタハヂメ。彼は、地球の生き物たちの生み出す音と共演し、既存の音楽の枠を超えた発想で作品を創作している。2022年に、木々に取り付けられたパイプオルガンを離れた場所から遠隔操作で演奏できるネットワーク型の新楽器プロジェクト「森のパイプオルガン」をスタート。2025年日本万国博覧会に向けて、森を鳴らすこのプロジェクトを海外の森にも拡大し、ネットワークで誰もがつながる「地球オルガンプロジェクト」も進めている。
Study: 大阪関西国際芸術祭での演奏が2回目となる今回は、「『菌琴虫琴』〜小さな小さな生き物たちの音色〜」を発表。この作品はガラスや木、金属を奏でる虫や、発酵する菌の動きと振動を圧電ピックアップや小さなマイクで収録し、サウンドアップして響かせるというものだ。
──芸術祭という舞台で演奏することについてはいかがですか?
サキタ:僕は音楽の世界でやっていることのほうが多いですけど、アートの世界に来てみると、いくらでも可能性があるなって感じました。アートになるかならないかはおいといて、アートとはなんぞやっていうことも含めてですけど、面白いことがいっぱい浮かぶので。ホールとかではやろうと思ってもみなかったことが、森に行ったらできるとか、階段の踊り場でできるとか。
前回は結構な人数でやったんですけど、今回は4、5人のチームです。作品を作る度に組むメンバーも少しずつ変わります。樹が得意だからこの人、ガラスが得意だからこの人というふうに。
──今は何の音が鳴っているのでしょうか?
サキタ:菌はサッカロマイセス、虫はゴミムシダマシとツチハンミョウに来てもらってます。酒蔵などの激しく発酵している菌はもっと色んな音がするんですけど、今日はまだ発酵具合が足りないのでツチハンミョウの音のほうが全然でかいですね。どの虫や菌、樹がどのような音を響かせるのかはやってみなければわからない。そこが大変でもあり、面白いところです。
──生き物の音を演奏に取り入れようと思ったきっかけは何ですか?
サキタ:僕は普段ミュージカルソーというのこぎりを演奏しているんですけど、のこぎりと鈴虫たちがすごく共鳴したことがありました。約400匹が僕の演奏で鳴き出したんです。そこから自分の音と自然のサウンドが共鳴できるような音楽が作れるんじゃないかと思ったのがきっかけです。自分たちが演奏するだけじゃなくて、もっと色んなサウンドに耳を傾けたいし、色んな地球上の音が気になってきて。樹に流れている水の音であるとか、色んな音に興味があります。
虫の音をやりたいなと思った時に、クビアカツヤカミキリという外来種(平成30年1月15日付けで特定外来生物に指定)のことを知りました。今、このカミキリが日本で繁殖して、木の幹の中を食い荒らしてしまって、枯れた桜や桃がたくさん切り倒されてるんですよ。
最初はこいつの足音が気になってなにか録れないかなと考えたけど、このカミキリたちはキツツキが苦手なので、キツツキが出す音のサウンドマシーンを作れば、もしかするとこいつらの繁殖のやる気が無くなるのではないか。社会解決が主な目的ではないんですけど、誰かが困ってたり問題になってたりするところで、振動とかサウンドで何か面白い事ができたらと思ってます。面白いって言うと、人によっては捉えられ方が色々かもしれないですけど、やっていけば次から次へとそういう面白そうなお題が来るんです。そうして動かしているのが「地球オルガンプロジェクト」です。
──「地球オルガンプロジェクト」は、万博の関連プロジェクトとしても参加予定なんですね。
サキタ:「チームEXPO」っていう万博に参加する色んなプロジェクトがある中で、僕らも万博会場や、色んな場所をサテライト的に使って、そことネットワークで繋いだり、万博というフィールドがあれば様々なやり方で日本はもとより世界の人たちに楽しんでもらえると思ってます。
■サキタハヂメ Hajime Sakita
ウェブサイト https://hajimesakita.com/
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昨年の開催時に比べ、アートフェアの参加団体数を大幅に増加させたStudy:大阪関西国際芸術祭。本展で得た「アート×ヒト×社会」の関係性における学びを糧に、来る2025年にはどのような展開を見せるのだろうか。それはきっと、思いもよらないアートと出会える場になるに違いない。「美術屋・百兵衛」編集部では、これからも引き続き注目していきたい。
[information]
Study : 大阪関西国際芸術祭 / アートフェア 2023
※このイベントはすでに終了しています。
・会期 2023年1月28日(土)〜2月13日(月)
・会場
梅田エリア:グランフロント大阪、ボンカリテ
中之島・北浜エリア:大阪府立中之島図書館、花外楼 北浜本店、THE BOLY OSAKA、ルポンドシエル
本町エリア:船場エクセルビル
西成エリア:kioku手芸館「たんす」、ゲストハウスとカフェと庭 釜ヶ崎芸術大学、飛田会館
・出展ギャラリー 芝田町画廊、川田画廊、TRI-FOLD OSAKA、アートデアート・ビュー、春風洞画廊、アートコートギャラリー、KICHE、KEUMSAN GALLERY、Contemporary Tokyo、G.Gallery、Gallery IRRITUM Tokyo、Gallery Jeon、GALLERY ZERO、SPACE : WILLING N DEALING、NPOアート・オブ・ザ・ラフダイヤモンズ、RICOH ART GALLERY、Gallery OUT of PLACE、Satelites ART LAB、ヴォイスギャラリー+コンピューテーショナルデザイン研究室(中京大学工学部)、igu_m_art、Gomeisa GALLERY、ONBEAT Studio、ギャラリーMOS、COCO Gallery、中和ギャラリー CHUWA GALLERY、Wa.gallery、浮世絵 竹井事務所、ビーク585ギャラリー、GASHO2.0、神戸元町 歩歩琳堂画廊、Relevant Object × gallery KITASHIRAKAWA × Ru-Pu、WEZ KIYOSAKU、Shibayama Art Gallery、小山登美夫ギャラリー、MEDEL GALLERY SHU、二次元派
・特別展示 Metaverse Boundary メタバースの境界線-#study2、サキタハヂメ / Hajime Sakita
・主催 株式会社アートローグ
・URL https://artstageosaka.com