ポーラ美術館では、19世紀から現代に至るまでの、部屋にまつわる表現に特徴のある作家を取り上げる展覧会「部屋のみる夢 ―ボナールからティルマンス、現代の作家まで」が1月28日から開催される。
“部屋”という我々が生活をする場に着目する、独自の視点が特徴的な本展は、パンデミック以降の生活様式の変化から構想されたものだ。
ヴィルヘルム・ハマスホイ《陽光の中で読書する女性、ストランゲーゼ30番地》1899年 油彩/キャンバス 46.2×51.0cm
ポーラ美術館
移動の制限により、誰もが多くの時間を過ごした部屋という空間は、安心をもたらす場所。しかし外の世界との隔絶がゆえに閉塞感と隣り合わせのものでもあった。一方、閉じられた空間で紡がれた、親しい人たちやかけがえのないものとの関係は、日常を生き抜くためだけではなく、変化の乏しい生活に彩りを添えるのに欠かせないものであったと言えるだろう。
部屋という小さな世界の中で織りなされる、親密な記憶や夢想のありようをあらためて見つめ直す本展。個性溢れる作家たちによる多彩な室内の表現は、ステイホームの経験を通じて静かに変容した我々の心の中で、新たな像を結び始めるはずだ。
守山友一朗《Tea time on a table》2020年 油彩/キャンバス 112.0×144.5cm 個人蔵 ©Yuichiro Moriyama
展覧会の見どころ
1. 19世紀から現代まで、あらためて見つめ直す「部屋」をめぐる表現
この展覧会では、部屋にまつわる表現が約50点の作品を通じて紹介される。
古くから、閉じられた室内で起こる出来事や、窓から差し込む光などは芸術家たちの着想源となり、様々な作品に描かれてきた。近代化以降は、絵画の重要なテーマとして社会的な地位や個人の趣味を反映した部屋の表現が数多く誕生している。
コロナ禍でのステイホーム期間を経て、部屋という空間への意識や日常における位置付けが変容しつつある今日。現代の息吹を伝えるアーティストたちの作品とともに、部屋をめぐる多様な表現をあらためて見つめ直してみよう。
2. 草間彌生、ヴォルフガング・ティルマンスの新収蔵作品を初公開
草間はこれまでにベッドをモチーフとした作品を2点制作しており、ポーラ美術館の新収蔵作品はそのうちの1点にあたる貴重な作例だ。これは、無数の突起物が日常的に使うモノを覆うという草間特有の表現で、本来であれば心身を休めるためのベッドが変容しているというもの。
さらに、同館は写真の新たな表現を開拓し続けるアーティスト、ティルマンスの作品も新しく収蔵品に加えた。フィルムで撮影された過去の作品から、デジタル撮影を経た近年の作品に至るまでの10点には、彼が日常生活を送るとともに制作に明け暮れる時間を過ごした室内が捉えられている。
草間彌生《ベッド、水玉強迫》2002年 ミクストメディア 231.0×138.0×228.0cm ポーラ美術館 ©YAYOI KUSAMA
3. ステイホーム以降の新たな感性を伝える、現代作家たちの作品を展示
双子のアーティストである髙田安規子・政子は、身近な事物や風景を用いて、スケールや時間の感覚を揺るがす緻密なインスタレーションを手がけている。本展では、室内と屋外をつなぐ窓や扉を取り上げ、ステイホーム以降更新されてきたパブリックとプライベートの境界のあり方を観る者に問いかける。
また、2021年に初めて二人展を開催した佐藤翠と守山友一朗は、様式を異にしながらも、これまでにいずれも室内の表現に重きを置いてきた。新作では、コロナ禍の閉塞感により、庭をはじめとする自然への渇望をいっそう促された二人が、閉じられた部屋と開かれた自然との関係を再考している。
主な作品展示
ベルト・モリゾ（1841〜1895）
モリゾは、近代生活の情景を素早い筆致で描き出して、高い評価を得た印象派の女性画家。娘のジュリーをはじめとする近しい人物たちが登場する室内の場面とともに、彼女が好んで取り上げたのがベランダやバルコニーといった空間だった。室内と屋外の間にあるこれらの場所では、家族や友人たちの織りなす親しみに溢れた情景を、外光の降り注ぐなかで描くことができたからだ。
女性が社会に参加する機会の限られていた時代では、彼女らは室内、すなわち家庭で長い時間を過ごしていた。そのような状況を映し出した、室内と屋外の境界を捉えたモリゾ作品。それは、現代の家庭や暮らしのあり方を見つめ直すうえで、示唆に富んだものと言えるだろう。
ヴィルヘルム・ハマスホイ（1864〜1916）
市民が台頭した19世紀に活況を呈したのが、室内画というジャンル。親密な日常の場面が数多く描かれた時代において、デンマークの画家ハマスホイは一線を画す存在で、彼の室内画はその静謐さゆえに、オランダ絵画の黄金期を代表するフェルメールの絵画を彷彿とさせる。無人の室内の情景に美しさを見出していたハマスホイは、要素を削ぎ落し、静けさに満ちた独自の室内画を描き出した。そうした場面には妻や母といった女性たちが登場するものの、鑑賞者に背を向けていることが多いため、彼女たちの心情を詳しく窺い知ることができない。しかし、その沈黙が我々の心を捉えて離さないのだ。
ピエール・ボナール（1867〜1947）
世紀末のパリでナビ派の一員として活躍したボナールは、生涯にわたって、恋人や家族、友人などの身近な人々や、自宅の室内や食卓といった身の回りの対象をモチーフに、その情景の記憶を描き留めた。伴侶であったマルトは一日に何度も入浴する習慣があったため、浴槽や化粧室で身づくろいをする彼女の姿をさまざまな構図や光のもとで描いており、閉じられた空間の中で、極めて近しい者たちが過ごす、親密な時間がそこには流れている。ボナールはモデルがポーズをとることを好まず、マルトをはじめ身近な人々が過ごす日常そのものを見つめた。
ピエール・ボナール《静物、開いた窓、トルーヴィル》1934年頃
油彩/キャンバス 98.0×60.0cm
アサヒビール大山崎山荘美術館
エドゥアール・ヴュイヤール（1868〜1940）
1890年代、ヴュイヤールはナビ派の画家として絵画や装飾パネルを制作する一方、メーテルランクら象徴主義の作家による演劇作品の舞台美術も手掛けている。絵画においても、自宅の室内で過ごす母や姉をモデルに、明暗の効果を用いた神秘的で暗示に満ちた空間を描いた。
1900年以降、より明るい色彩を取り入れたヴュイヤールは数多くの肖像画を制作したが、人物だけでなくその周囲のモチーフや、彼らが過ごす部屋のありよう全体を活き活きと描き出している。
アンリ・マティス（1869〜1954）
1905年に大胆な色遣いと筆致により「フォーヴ」（野獣）と称されたマティス。彼は1921年以降、明るい日差しに惹かれ南仏ニースを拠点として活動し、晩年には病や戦争による様々な制限を乗り越えながら制作を続けた。時に窓を通して差し込む地中海の光や眺めを取り入れつつ、壁掛けや調度、モデルの衣装にまでこだわって演出した室内空間を描いている。
マティスにとって部屋とは、モデルと相対する親密な場。あらゆる要素を自由に操作し、絵画における色彩や空間の表現を探究することのできる制作の現場だったのだろう。
草間彌生（1929〜）
幼少期から幻視や幻聴を体験し、網目模様や水玉が増殖する絵画を制作し始めた草間は、平面のみならずソフト・スカルプチュアと呼ばれる立体やインスタレーション、ハプニングなどジャンルを横断する展開を見せ、前衛芸術家として精力的に活動を続けている。ベッドをモチーフとした作品をこれまでに2点制作しており、《ベッド、水玉強迫》はそのうちの1点にあたる。白地に赤色の斑点がプリントされた布地で覆われたベッドの内側には、同じ模様の布製の突起物が増殖し、穏やかに心身を休めるはずの空間が異様さを湛えた対極の存在へと変容している。
ヴォルフガング・ティルマンス（1968〜）
ドイツ出身の写真家であるティルマンスは、1990年代に『i-D』をはじめとする雑誌に掲載された、自らを取り巻く日常を捉えた作品で脚光を浴びた。以来、写真の新たな可能性に挑みながら第一線での活動を続けている。私的な世界を撮影した日記のような写真の舞台として、しばしば登場するのが彼自身が拠点とした住居やアトリエだ。日々の生活の中で生み出された、ニューヨークやロンドン、そしてドイツの各地の室内を撮影した作品には、ティルマンスの日常に向ける親密なまなざしが反映されている。
ヴォルフガング・ティルマンス《静物、ボーン・エステート》2002年 インクジェットプリント、クリップ 138.0×206.0cm ポーラ美術館 ©Wolfgang Tillmans, Courtesy Wako Works of Art
髙田安規子・政子（1978〜）
髙田安規子・政子は一卵性双生児のアーティストユニット。身近な物や日常風景のスケールを操作し、モノの大きさの尺度や時間感覚における人々の認識を問い直す作品を制作してきた。本展では、部屋を構成する普遍的な要素である窓や扉をモチーフとして、展示室の特徴を活かした新作のインスタレーションを展示する。ところどころ開かれた無数の窓、鍵を挿したままの扉は、閉鎖から開放へと段階的に向かっている現状を示唆し、その奥につながる世界について想像を掻き立てるもの。また室内と屋外をつなぐ窓や扉を取り上げ、ステイホーム以降変容してきたパブリックとプライベートの境界のあり方を問いかける。
佐藤翠（1984〜）+ 守山友一朗（1984〜）
佐藤翠は、色とりどりの洋服や靴が並ぶクローゼットや花々を、あざやかな色彩によって描いてきたアーティスト。クローゼットという部屋の内奥とつながり、自然の植物とドレス、そしてコロナ禍で佐藤にとっていっそう重要な存在となった、部屋から最も近い屋外としての庭と室内──それらの日常と、想像が混じり合った新たな展開を見せている。
長年にわたってパリを拠点とした守山友一朗は、自らの心を魅了した日常の場面や旅先の風景を観察し、その奥に潜むもうひとつの世界を描き出す。透明感のある薄い油彩が連なり、眩いばかりの煌めきを放つ彼の作品の中では、愛着のあるモチーフや自然の織りなす思いがけない瞬間が描かれている。2021年に初めて二人展を開催した作家たちが、本展で共作を含む新作の数々で空間を構成する。
[information]
部屋のみる夢 ―ボナールからティルマンス、現代の作家まで
・会期 2023年1月28日（土）～7月2日（日）
・会場 ポーラ美術館 展示室1・3
・住所 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
・電話 0460-84-2111
・時間 9:00〜17:00（入館は16:30まで）
・休館日 会期中無休
・入館料 大人1,800円、シニア割引（65歳以上）1,600円（他の割引との併用不可）、大学・高校生1,300円、中学生以下無料
※上記料金で常設展も観覧可能
・URL https://www.polamuseum.or.jp