聞き手・文/REIJINSHA GALLERY スタッフ
日常に潜む微細な感情や、動物たちの持つ個性を独自の視点で捉え、作品を通じて表現してきた植野のぞみ。平面と立体、二通りの形で生み出される、彼女のアートには、常に静かなユーモアと、深い物語が息づいている。
そんな彼女が、11月15日(金)からREIJINSHA GALLERYで東京では初となる個展を開催する。この個展では、新作を交えた約30点が発表される予定だ。作品に込めた想いや、創作の背景について、今回は同ギャラリースタッフがインタビューを行った。
絵画の反対側が見たい
──まずはじめに、多摩美術大学で油画を専攻されていた植野さんが、立体作品を制作されたきっかけをお教えください。
大学3年の夏頃にふと、絵画の反対側が見たいという欲求が湧き、二足歩行の猫を作ったことが始まりです。当時、自己理解が未熟で平面世界を構築するのに十分な要素が内面になかったことも合わさってか、カタチが最初から用意されていた立体が、ことのほか楽しかったことも要因だったと今は思います。素材もろくにわからず、手芸用の粘土を爪楊枝で突きつつ作りました。
最初は作品としてみてもらおうという意図はあまりなかったのですが、少しずつ立体が大きくなるにつれ作品として見てもらうことを意識し始めました。重さや耐久性、表面の粗などをどうしたら自分の出来る範囲でクリアできるかを考えていた時、ゼミの友人が桐塑※の存在を教えてくれたのです。
──桐塑というと、日本人形などの制作にも用いられる素材ですね。
そうです。自然な素材で軽いし乾くと丈夫になる。相性が良かったんだと思います。
※桐塑は桐の粉末にふのりを交ぜて作った粘土の一種。土の粘土に比べて肌理が細かく丈夫なため細部の再現性が良く、木のように表面を彫刻するのにも適している。
“架空の世界”から“日常”へ
──作品のテーマは、当時から一貫して日常だったのでしょうか?
当初は架空の世界を作品で表現していました。夕暮れ時、中が見えない灯りが漏れる窓にどうしようもなく惹かれることがあり、電飾を仕込んだ家屋を模した台をベースに生き物を飾ったりしていました。
社会人生活を送りながら制作発表を続けるにつれ、架空の世界への憧れは薄れ現実世界の解像度がより高くなったことで、日常を意識した作品を作るようになりました。物語の中のように非現実的な美しい世界を見ることももちろん好きですが、生活と地続きのさりげない世界構築の方が性に合ったのか徐々にこのスタイルになっていきました。
──どの作品からも、動物への深い愛情が伝わってきます。実際に動物を飼われているのでしょうか?
家では初代に犬を、今では代を重ね4匹の保護猫と暮らしています。
──どの子も可愛いですね!
ありがとうございます。
こういった環境で育ったこともあり、生き物を作品のモチーフにすることは、幼い頃からわたしにとっては至極当たり前のことでした。人であればその人がどんな人であるかが、作品主題を構築する上でとても重要な要素になります。わたしにとってそれは若干縛りを感じる部分でありますが、動物はその縛りを解いて、誰にでもなり、どこかの知らない誰かの姿を投影してくれる存在です。
──動物が作品にとって自由な存在であることが、植野さんの表現をより深めているのですね。
──続いてモチーフとなる動物を決める判断基準を教えてください。
モチーフとなる動物は、作ろうとするテーマとその動物へのイメージの一致を大切にして選んでいます。日常生活や社会生活は自然界と対極にあるような環境なので、生活を制限され、管理下に置かれた家畜を起用することが多いです。ただ作品テーマに合致するような性質を持った動物がいれば野性家畜関係なくモチーフにします。
──ユーモア溢れるポーズなど、インスピレーションの源は何でしょうか。
独自のものであるという感覚はなくて、映画やマンガをなど視覚作品を多く見た中で美しいと感じた線が蓄積しているのだと思います。自身にとって心地よい曲線、形であることを意識してポーズを考えていて、メモ帳に走らせた数センチのドローイングを拡大してそのまま活かすこともあります。
日常の中に潜む微かな感情
──制作で楽しいと感じること、苦労されていることを教えてください。
作品が形になっていく瞬間はいつも楽しいです。でも、社会人生活を送りながらの制作なので、制作時間の確保は最近の課題ですね。日常をテーマとする上で、日常や社会を垣間見ることができる環境も大切なのでなかなか切り離すことが難しいです。
──会社に勤めながらの創作活動は本当に大変なことだと思います。そんな中でも大切にされていることはありますか?
独りよがりだからこそ美術作品はできるが、そこに他者が入る余地があるかどうかを常に自問自答します。そこは見る人によるし、自分の純度を減らしてまで考えることではないかもしれないけれど、作品の見え方を客観的に判断する材料にもなるので意識するように心がけています。
──引き続き制作について伺います。現在の植野さんは、立体作品と平面作品どちらも制作されていますが、その理由を教えてください。
自分の未熟さと絵画の向こう側が見たいからと始まった立体制作ですが、好きな形や好きな色を探し拡げていった中で、平面を構築するに足るくらいには自己の内面が育ったのかなと思いたいです。当たり前のことですが、平面だからこその自由さも実感したからだと思います。
──術の道を歩むきっかけとなった作品やアーティストはいますか?
美大進学を決めたきっかけは高校三年生の時に見た宮崎駿監督作の『千と千尋の神隠し』でした。月並みな感想ですが、一から世界を構築することが改めて素晴らしくワクワクすることだと感じました。創るということを学びたいと思えたのは宮崎駿監督の存在があったからです。
それからミヒャエル・ゾーヴァも好きな作家です。少しシニカルでユーモアがあり、ドラマチックなように見えるがクライマックスではないシーンのチョイス。ハイライトから外れた世界へ魅力を感じるようになったきっかけだと思います。
本展について
──今回の個展のテーマを教えてください。
静かに完結する日常の一コマや感情のブレ、誰も見もしない気づきもしなかった一コマに生じた微かな感情も表現を通じて共有ができる。その思いを呼びかけることが今回のテーマです。
──テーマに込められた思いがとても深いですね。日常の中に潜む微かな感情をどう表現するのか、作品がどのように語りかけてくれるのか楽しみです。
近年取り組んでいた自己及び他者との関係性/依存や束縛連携/を模した「むすびシリーズ」と、悲しみの先の物語「雨後」シリーズを展示します。あまり一つのテーマで多数作品を作ることはないのですが、今回はその点に挑戦しましたのでご覧いただけると嬉しいです。
──意外にも東京では初個展とのことですが、今のお気持ちをお聞かせください。
え?そうだったのか。自分でも少し驚きました。東京はREIJINSHA GALLERY様はじめ、グループ展でたくさん展示の機会を頂いておりましたので、初めての気がしないのかもしれません。それでも自分一人だけの作品をお越しいただいた方に見てもらえる事は、嬉しい反面緊張します。
──今後、新たに挑戦したいことなどございましたらお教えください。
今年台湾で展示する機会を頂戴しました。海外展示はこれまでにもありましたが、現地在廊は初めてでした。展示中、訪問される方、現地スタッフの皆様とのコミュニケーションを通じ、改めて物の見方や感じ方の違いを認識しました。その中にも万国共通の価値観もあり、良い意味で日常の解釈範囲を改める必要があると感じました。背伸びをしても仕方がないのですが、自分の物差しでできうる範囲で日常の景色と解釈を拡げていければと思います。
植野のぞみのこれまでと、今後の展望を垣間見た。彼女が動物を通して見つめる日常の機微を、その目で確かめて欲しい。
植野のぞみ「HELLO HELLO」は11月15日(金)からスタート。
[Profile]
植野 のぞみ
Nozomi Ueno
1983年 三重県生まれ
2006年 多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻卒業
2009年 個展「まにまに」(gallery元町/神奈川)
2010年 個展「連ね事」(同時代ギャラリー/京都)
2012年 個展「路地裏の日常」(同時代ギャラリー/京都)
2016年 野性の夜に(REIJINSHA GALLERY/東京)
個展「ふりかえり、ふりかえる」(ギャラリー北岡技芳堂/愛知)
2017年 Zoo of Arts/アートな動物園(REIJINSHA GALLERY/東京)
2018年 個展「となりのだれか」(三重画廊/三重)
2019年 達磨展(GALLERY CLEF/東京)
IKIMONO愛しき地球-ほし-の生命体(ギャラリーMOS/三重)
個展「心のすみっこ」(ギャラリー北岡技芳堂/愛知)
2020年 裏千代田 猫日和 猫づくし展(SAN AI GALLERY/東京)
2021年 pickup2021(REIJINSHA GALLERY/東京)
達磨と縁起物展(銀座三越/東京)
2022年 Spring Has Come(銀座三越/東京)
神戸アートマルシェ2022(神戸メリケンパークオリエンタルホテル/兵庫)
ART FAIR ASIA FUKUOKA 2022(ホテルオークラ福岡)
D-art,ART 2022(松阪屋名古屋店/愛知)
KOGEI Art Fair Kanazawa 2022(Hyatt Centric Kanazawa/石川)※’20、’21年出展
2023年 -次世代作家特選展-トレジャーハント(伊勢丹浦和店/埼玉)
個展「そこかしこ」(GALLERY MARQUISE/愛知)
ART NAGOYA 2023(名古屋観光ホテル/愛知)※’14、’15、’19、~’22年出展
D-art,ART 2023(大丸東京店)
猫会議2023(REIJINSHA GALLERY/東京)※’19、’21、’22年出展
2024年 Infinity Japan Contemporary Art Show 2024(Regent Taipei/台湾)
個展「HELLO HELLO」(REIJINSHA GALLERY/東京)
現在、三重県にて制作
些細な日常をテーマとし、桐塑を使用した立体制作を主に作家活動を行う
・Instagram @no.521
[information]
植野のぞみ HELLO HELLO ※この展覧会はすでに終了しています。
・会期 2024年11月15日(金)~11月29日(金)
・会場 REIJINSHA GALLERY
・住所 東京都中央区日本橋本町3-4-6 ニューカワイビル 1F
・電話 03-5255-3030
・時間 12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
・休廊日 日曜、月曜、祝日
・URL https://linktr.ee/reijinshagallery