コラム

美のことごと -43-

文=中野 中

(43) 夏の軽井沢、美術館を巡る

 久しぶりに軽井沢(長野県北佐久郡)へ出かけた。8月のお盆前、連日の猛暑を逃れて、涼気のなかでの美術館巡りを目論んでのドライブである。
 標高約1,000メートルに広がる町は、さすがに涼しかった。立ち寄った蕎麦店で聞くと、夏の平均で20度くらいだが、今日はもう少し低いとのこと。旧街道(幹線道路)をはずれるとカラマツやシラカンバの緑があふれ、目も心も優しく潤してくれる。
 ゆっくり散策したい気分に誘われるが、今日の目的は美術館巡り。まずは…。

セゾン現代美術館

セゾン現代美術館の正門

セゾン現代美術館 正門

セゾン現代美術館 正面

セゾン現代美術館 正面

 「セゾン現代美術館」の「荒川修作+マドリン・ギンズ《意味のメカニズム》 全作品127点一挙公開 少し遠くへ行ってみよう」展。長いタイトルも難解であり、かつ展示作品もきわめて難解。ほとんど理解不能。アートは理屈ではない、感覚・感性で楽しめば良いのだと滅入りそうな気持ちを奮い立たせ、全127点(81点の大型平面と44点のドローイングに写真と模型)を見ることは見た。
 荒川は名古屋に生まれ、武蔵野美術学校を中退。昭和32年から読売アンデパンダン展に出品。ネオ・ダダグループの結成に参加、箱詰めの衝撃的なセメント彫刻を経て、同36年(25歳)渡米…。
 このころ筆者は中・高校生でもちろん未見。渡米後も含めて、すべて美術紙誌で見知っているだけ。それだけに今回への期待をふくらませていた。
 渡米後、ニューヨークのオノ・ヨーコのアトリエを制作拠点として活動。パートナーとなる詩人マドリン・ギンズと二人で〈意味とは何か〉に取り組むことになる。

 ―私たちはいつも何かを〈感じ/考え〉ていますが、その多くは〈言葉〉を通した〈意味〉についてのものです。二人はその〈意味〉の徹底的な追求に取り組んだのです。それから25年を経て、継続中のプロジェクトとして完成したのが「意味のメカニズム」です。―(展覧会リーフレットより)

荒川修作+マドリン・ギンズ展の会場風景

荒川修作+マドリン・ギンズ展の会場風景

 荒川は、1963(昭和38)年頃から、乳白色の地に図形、記号、言葉などを精緻に描いた「ダイヤグラム」シリーズを制作。これを継いで完成させたのが今回の作品群である。
(会場風景や作品写真をお見せできないのが残念ですが、“百聞は一見にかず”。ご興味あらばぜひお出かけ下さい。10月9日まで。入館料一般1,500円。木曜日休館)

現代美術と庭園

 この美術館は、国内、海外の現代美術の系統的なコレクションと広大な庭園が魅力的で、多くのファンを惹きつけている。
 パウル・クレー、ジョアン・ミロ、マン・レイ、ワシリー・カンディンスキー、マックス・エルンスト、マルセル・デュシャン、あるいはジャスパー・ジョーンズ、マーク・ロスコ、イヴ・クライン、ジャクソン・ポロック、アンゼルム・キーファー、ロイ・リキテンスタイン、等々。
 戦後日本の現代美術には、荒川修作、堂本尚郎、宇佐美圭司、加納光於、中西夏之、横尾忠則、さらに辰野登恵子や中村一美ら、錚々たる顔ぶれである。
 立体(彫刻)作品は、野外にも展示されている。若林奮の基本プランによる、起伏のあるなだらかな斜面に彫刻の点在する庭園(本館は菊竹清訓設計)は、全面芝生に覆われ、その中を小川が流れ、周囲は緑の樹々が茂り、遊歩道に導かれて歩くと一巡できる。

森の庭園に点在する彫刻

森の庭園に点在する彫刻

 作家名をあげると篠田守男、安田侃、イサム・ノグチ、井上武吉、脇田愛二郎、山本正道、吾妻兼治郎、若林奮らがあり、野点の出来る「胡座茶席」(團紀彦)もある。
 こうして現代美術の数々を見ながら、朝霧や流雲のようにすぐにも消えてしまうのだが、目に映り心に浮かぶことごとを、言葉に換えて考えを繰り返したりして時を重ねているうちに、荒川修作とマドリン・ギンズの〈感じ/考え〉、〈言葉〉を通して〈意味〉を追求する。その基盤も深浅もそれぞれであるけれど、そのプロセス自体に大きな意味のあることは理解できる。が、作品はなかなか未理解の域を出ない。2度、あるいは3度、全体を視野におさめて見ることを重ねれば、あるいはとの薄い期待はしても良さそうだ。
 荒川の岐阜県養老町の「養老天命反転地」も、岡山県の奈義町現代美術館の展示室「太陽」の作品も未見だ。年内は無理だが、出来るだけ早い時期に機会をつくらなければ。

軽井沢千住博美術館と脇田美術館

 中軽井沢駅から南へ車で5分。駐車場脇のベーカリー・カフェを左手にアプローチを入ると、すでに「軽井沢千住博美術館」は樹々に囲まれ、全貌は少しも見られない。
 入口を入ると、館内は明るくモダンで瀟洒な開放感にあふれていた。床は敷地の高低そのままのように緩やかに傾き、4ヶ所のガラス張りの大きな吹抜け空間、総ガラス張りの壁面や屋根は美しい曲線を描く(西沢立衛りゅうえ設計)。ザ・フォール・ルームでは1日数回、デジタル上映が行われ、音と光で滝が流れ始める。
 何ともショーアップされ、落ち着く暇も無いままに、新・近作の浅間山作品を眺めながら、足早に退館した。
 再び車は幹道を渡って北へ、10分ほどで「脇田美術館」へ。軽井沢ではどれもこれも、緑をまとって木立ちの中に佇んでいる。半円形の建物の中庭に、風情ある脇田和アトリエ山荘(有形文化財)が立っていた。
 少女や小鳥、ときに枯葉一枚に優しい眼と愛を注いだ作品を多く描いた脇田の生涯を偲びながら、しばしソファに腰を下ろして時を過ごした。

夏の名所・白糸の滝

加藤増男《白糸の滝に舞う(軽井沢)》

加藤増男《白糸の滝に舞う(軽井沢)》

 軽井沢には個人美術館や古い教会や建物など見どころ満載だが今回はパス。最後に、浅間山の雪どけ水が伏流水となって噴き出す「白糸の滝」を訪れ、霊気は多くの観光客にさえぎられたが、涼気は存分に全身に浴びて帰路についた。往復ともに17号線から望む妙義山に見守られて。

画像:妙義山(筆者撮影)

車窓から望む妙義山

中野 中
美術評論家/長野県生まれ。明治大学商学部卒業。
月刊誌「日本美術」「美術評論」、旬刊紙「新美術新聞」の編集長を経てフリーに。著書に「燃える喬木−千代倉桜舟」「なかのなかまで」「巨匠たちのふくわらひ−46人の美の物語」「なかのなかの〈眼〉」「名画と出会う美術館」(全10巻;共著)等の他、展覧会企画・プロデュースなど。

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