聞き手・文/REIJINSHA GALLERYスタッフ
2024年2月17日から3月10日の会期で第12回目が開催された公募展、FACE 2024。年齢・所属を問わない新進作家の登竜門として2012年に創設され、これまで多くの人気作家を見出してきた同展入選者の中でも、ひときわ注目を浴びているアーティストがいる。
それが林 銘君だ。留学生として中国から日本へと渡った2021年以降、様々な国内公募展において主要賞を総なめにしている。
2024年の年末に東京・日本橋のREIJINSHA GALLERYで開催された企画展「FACE選抜作家小品展2024」にも出展した彼女に、同ギャラリースタッフがインタビューを行った。
◆2つの国で描く
──まずはじめに、アートに興味を持たれたきっかけを教えてください。
幼い頃から、私は特に視覚的なものに強く惹かれていました。
絵を描くことは私にとって言葉や音楽よりも自然な自己表現の手段で、最初はただ落書きを楽しむ程度でしたが、描いた絵が家族や周囲の人々に評価されるようになると自信と喜びが生まれました。特に母が私の創作活動をいつも励まし、精神的にも支えてくれたおかげで、絵を描くことが私の人生における重要な一部になったように思います。
──日本に来られる以前にも、中国の中央民族大学在学中には美術学を専攻しておられたと伺いました。当時はどのようなことに取り組まれていたのでしょうか?
中央民族大学在学中は、主に伝統技法の学習と美術的な基礎意識の構築に力を注いでいました。大量の模写を通じて古典作品の構図や筆遣い、色彩感覚を身に着ける訓練をしていたほか、人物の写生も多く行って観察力や描写力を磨く日々を過ごしました。
そして、この頃から動物をモチーフとした作品にも関心を持つようになり、動物の表情や動きを細かく観察し、その生命感をどう表現するかを模索していました。こうした伝統技法の学習や写生の経験が重要な基礎となり、現在の日本画制作にもつながっています。
── 中央民族大学を卒業後、多摩美術大学大学院に進学し日本画を専攻されたのには、どのような経緯があったのでしょうか?
中央民族大学時代の私は、伝統技法を学びながら技術面での向上を追求していましたが、次第に「技法」だけでは自分の表現が満たされないと感じるようになりました。創作の意味や作品のコンセプトとさらに深く向き合うために新しい環境で新しい視点を学びたいと考えた時に、多摩美術大学の自由で柔軟な教育方針を知り、自分の可能性を最大限に探求できる場だと確信しました。特に日本画が持つ繊細さと精神性に惹かれ、それを深く学びたいという思いが進学の大きな動機です。
── 現在「日本画」と呼ばれるジャンルは、かつて中国大陸から伝わった技術を元に発展したものです。実際に学び取り組まれる中で、中国美術との違いや共通点を感じる部分はありますか?
日本画と中国美術には、共通点も多いですが、それぞれ独自の特徴もあるように感じます。
例えば、墨や和紙といった素材や技法の面では共通する部分が多く、親近感を覚えます。一方で、日本画には「余白」や「静寂」の美を大切にする傾向があり、中国画のダイナミックな構図や力強い筆遣いとは異なる印象を受けました。
まだ学びの途中ではありますが、それぞれの表現の魅力や思想に触れる中で、違いだけでなく共通する感性も多いと感じることがあり、両者を深く理解していくことの大切さを実感しています。
◆「自分の創作」を見つけるまで
──影響を受けたアーティストはいますか?
私が特に影響を受けたアーティストの一人は、エヴァ・ヘッセ(Eva Hesse)です。
──布や糸を用いたミニマムな立体作品で有名な、ドイツ人女性アーティストですね。
彼女の作品には極簡主義的な美学がありながらも、単なる形式的なシンプルさではなく、そこに含まれる感情の豊かさや曖昧さに惹かれました。彼女の創作理念は抽象的な概念を視覚化することに重きを置いており、その中で生まれる「未完成感」や「不完全性」による独特の魅力が、私の表現にも影響を与えています。
また、彼女が素材や構造に対して持つ鋭い意識も、私の創作における空間や形状の構築に影響を及ぼしており、特に作品が持つ物理的な存在感と、それが生む精神的な余韻とのバランスは、私自身のテーマである「内と外」や「境界」の探求と共通する部分があります。
彼女の作品は、私にとって単なる鑑賞の対象ではなく、創作における視点を拡げる原動力となっています。
──これまで制作してこられた中で、転機となった作品はありますか?
大学卒業後に制作した初めての大尺幅作品である「最后の神殿」です。この作品は、過去の作品と比べて構図や形式が非常に簡潔で抽象的になっています。
それまでの私は、伝統的な技法や細密な描写に重きを置いていましたが、この作品ではそれらを意識的に削ぎ落とし、テーマと感情をストレートに表現することに挑戦しました。この簡略化された表現は、私にとって大きな突破口となりました。
──この作品を転機に、どのような変化があったのでしょうか?
「最后の神殿」は、多摩美術大学院受験時に提出した作品でもあり、初めて「完全に自分のために描いた作品」と言えます。今見ると技術的な未熟さや表現の粗さが見えますが、それでもこの作品は私が本当に「自分の創作」を始めた瞬間を象徴するものです。この作品を通じて作品のテーマや表現の方法について深く考えるようになり、今の私の創作活動における重要な基盤となりました。
──作品を制作するうえで意識していることはありますか?
制作においては、特に「空間」と「素材」の使い方を意識しています。
まず「空間」については、幾何学的なルールや固定された構図を使うのではなく、主題物や対象物自体のイメージを軸にしています。これにより、観察者が画面を通して空間の分割や接続、広がりを自由に感じられる構成を目指しているほか、空間を構築した後に一度解体し新たに再構成するプロセスを繰り返すことで、空間に対する新しい発見や、観察者自身の生活や存在について考えるきっかけを提供したいと考えています。
また、私は黒と白が持つシンプルで力強い表現力に惹かれているのですが、和紙の質感や肌理を活かし、墨の濃淡と少量の黒色顔料を組み合わせることで、画面に豊かな陰影や深みを作り出すようにしています。特に、白と黒の間に生まれる繊細な変化は、私の作品テーマである「内と外」「真実性」の探求において重要な役割を果たしています。
──林さんの作品に度々登場するモチーフとして「カタツムリ」と「紙のカラス」がありますが、それぞれどのような意図で描かれているのでしょうか?
「カタツムリ」や「紙のカラス」は、身体や存在に対する隠喩として描かれています。
「カタツムリ」は、殻を背負う存在として、人間が抱える内と外の境界性や、自己と他者との関係性を象徴しています。その殻は安全でありながらも束縛の象徴であり、カタツムリが画面内で内外を行き来する姿を通じて、囚われと解放の状態を描いています。
一方、「紙のカラス」は私自身が作り出した象徴的な存在です。カラスは北京と東京、いずれの生活の中でも私に強い印象を与える存在ですが、北京で見たカラスは侵略的な力を感じさせる一方、東京では孤独や制約を感じました。このカラスの姿は、私自身の内面の囚われと重なり、重要なモチーフとなっています。
◆境界を越えて
──公募展「FACE 2024」入選作「相対論」は、モノトーンの画面上に無機質と有機質な雰囲気が混在しつつ非常に抑制の効いた表現が印象的でした。こちらはどのようなテーマで描かれたのでしょうか?
作品「相対論」は物理学における時間と空間の核心概念を創作のインスピレーションとしており、画面内の視覚的な歪みと緊張感を通じて、現実と観念に対する再解釈を試みています。
簡潔な線とグリッド構造は規則や秩序を象徴していますが、目に見えない力によって歪んだ画面中央のグリッドは規則の脆弱性や変化を表しています。そしてこの対比は、時間と空間の動的な特性を強調するだけでなく、観測者の視点の違いによって、世界に対する認識が大きく異なる可能性を示唆しています。
また、2羽の鳥についてですが、カーテンの後ろを飛ぶ暗いシルエットのカラスは神秘、未知、自由を表す一方、カーテンの表面へ徐々に落下する姿で描かれた鳥は、自由が規則や力に制限されていることを暗示しています。一対の鳥は、動と静、自由と束縛という矛盾を探求し、「相対性」に対する作品の思想をさらに深めているのです。
──2023年の第3回三越伊勢丹千住博日本画大賞展での大賞受賞をはじめ、2021年の来日以来多くの受賞を重ねておられますね。そういった日本での高い評価をどのように受け止めておられますか?
日本でいただいた評価については、非常に大きな励みであると同時に、自分への大きな鞭策でもあると感じています。
特に、日本画という深い伝統を持つジャンルの中で、自分の作品が評価されたことは、自分の創作テーマやスタイルが受け入れられたという安心感をもたらしてくれました。私の作品は「内」と「外」の境界や、それを行き来する流動的な状態をテーマにしています。このテーマは私自身の内面から生まれたものではありますが、これまでいただいた評価は作品をご覧になった方々にも共感を持って受け止めていただけた結果であり、私の作品が単なる個人的な表現に留まらず、より普遍的な感情や哲学を反映できている証であると思うと、非常に嬉しく思います。
ただし、こうした評価はさらに深く、さらに広い視点で作品を追求する必要性を強く感じさせるものでもあります。私の表現がこれからどこまで進化できるのか、それを問い続けながら、一層努力していきたいと考えています。この評価は、私にとって次の挑戦への起点でもあるのです。
──今後挑戦したいことはありますか?
今後は、墨と紙という基本的な素材に立ち返り、その可能性をさらに深く探求したいと考えています。墨と紙は日本画で最も基本的な材料ですが、その表現力は非常に奥深く、まだ無限の可能性が残されていると感じています。例えば、異なる和紙の質感や厚み、肌理を生かし、墨の濃淡や滲み方、線の強弱を通じて、画面に新しい空間や情感を生み出す実験を行いたいです。
また、墨の使い方を再考し、これまでの伝統的な表現を超えた新しい技法や表現形式を模索したいと考えています。墨と紙の相互作用を追求する中で、単純な「黒と白」の対比を超え、内と外、静と動といったテーマをさらに直感的かつ抽象的に表現できる可能性を探りたいです。
さらに、これまで取り組んできた「カタツムリ」や「鳥」といったモチーフを継続しつつ、新しい象徴や物語性を加えることで、作品の深みを広げたいと考えています。これらの挑戦を通じて、観る人に新しい視点や想像を喚起し、自分自身も創作の中で成長を続けたいと思っています。
今回のインタビューを経て、林銘君が見つめる深淵且つ普遍的な「境界」という概念こそが、多くの人を惹きつける根源であることを理解した。そして、それは中国と日本、中国美術と日本美術という様々な境界を実際に越えてきた彼女だからこそ、説得力を持って私たちの胸に迫るのかも知れない。
[Profile]
林 銘君 Mingjun Lin
1995年
中国生まれ
2021年
Gallery美の舎学生選抜展2021最優秀賞受賞(Gallery美の舎/東京)
2022年
多摩美術大学特別優秀顕彰奨学金
第9回未来展 -日動画廊学生支援プログラム- グランプリ賞受賞(日動画廊/東京)
第57回神奈川県美術展特選受賞(神奈川県民ホールギャラリー)
2023年
公募日本の絵画2022大賞受賞(永井画廊/東京)
多摩美術大学大学院日本画専攻修了
第49回春季創画展春季創画賞受賞(西武池袋本店/東京)
2024年
FACE 2024(SOMPO美術館/東京)
市民公募夢美エンナーレ準大賞受賞(八王子夢美術館/東京)※’22年準大賞受賞
第59回昭和会展昭和会賞受賞(日動画廊/東京)
第3回三越伊勢丹・千住博日本画大賞展大賞受賞(日本橋三越本店/東京)
第42回上野の森美術館大賞展(上野の森美術館/東京)
個展「霧/Fog」(新生堂/東京)
FACE選抜作家小品展2024(REIJINSHA GALLERY/東京)
現在、東京都にて制作
[Information] ※この展覧会はすでに終了しています。
FACE選抜作家小品展2024
・会期 2024年12月6日(金)~12月20日(金)
・会場 REIJINSHA GALLERY
・住所 東京都中央区日本橋本町3-4-6 ニューカワイビル 1F
・電話 03-5255-3030
・時間 12:00~19:00(最終日は17:00まで)
・休廊 日曜、月曜
・URL https://linktr.ee/reijinshagallery