コラム

温故知新 vol.21
「猫を描く」

文=松本亮平

表情豊かな猫
私たちが猫に惹かれる理由の一つは豊かな表情にあると思う。おもちゃに夢中な子供のような顔や甘えた表情、ちょっかいを出すお茶目な仕草、時折見せる虎のような野生的な姿、いつも意外な側面を見せてくれる。私がそんな表情豊かな猫たちを描いたのが『Recreation-鳥獣花木図-』である。この絵の中の猫たちは筆で遊んだり、絵に飛びつき爪を研いだり、仲間にふざけてじゃれついたり楽しそうに遊びまわっている。私の日常の光景を描いた作品である。

Recreation -鳥獣花木図-

松本亮平 《Recreation-鳥獣花木図-》2024年 アクリル/板 130.0×162.3cm

ヘンリエッタ・ロナー=クニップは猫の親子の愛情や好奇心旺盛な子猫の遊びをとにかく可愛く美しく描いている。アムステルダム国立美術館所蔵の「Cat at Play」は子猫の無邪気な遊びを描いた作品である。猫が目の前のドミノの牌に夢中なことがうかがえて、とても微笑ましい。この後に牌を持ち上げて投げたり、テーブルの上の小物を落としてしまう未来までも見えてくる。
西洋絵画でよく見られるキリスト教や教訓の暗示がなく、猫との豊かな日常をありのままに描いた穏やかな作品である。そのため、私たち日本人にも馴染みやすく、最近では雑貨やグッズとしても広く親しまれている。私もこれらのグッズをいくつか持っている。

『Cat at Play』

ヘンリエッタ・ロナー=クニップ《Cat at Play》アムステルダム国立美術館


ミステリアスな猫
一方で、猫は時には何もない空間をじっと見つめ物思いにふける哲学者のような表情を見せることもある。私がその猫の神秘性に着目して描いた作品に『愛猫 毛糸敷物に人形と座る肖像』がある。人の心を見透かすような冷静な眼差しで虚空を眺めている。猫の表情を描き分けることができると絵に物語が生まれくると思っている。

『愛猫 毛糸敷物に人形と座る肖像』

松本亮平 《愛猫 毛糸敷物に人形と座る肖像》2022年 アクリル/板 53.0×33.3cm

竹内栖鳳の「班猫」は猫の内面にまで迫った傑作である。栖鳳は「写生」を重要視し、卓越した観察眼と描写力により動物の可愛らしさの奥にある神秘性や人とは異なる野生性までも表現している。
この猫は夢中で毛繕いをしている最中に画家に見つめられていることに気づき、「何?」と冷たく見返しているようである。マイペースで自立した性格が伝わる一瞬を見事に切り抜いている。瞳は細く線のようになっており、日中の明るい時間帯であることがわかる。昼寝後の毛繕いの様子なのかと想像が膨らむ。虹彩の色は青緑から黄緑への繊細なグラデーションは、猫の目を宝石のように美しく際立たせている。これにより猫の気高さがよく表現されている。

『班猫』

竹内栖鳳《班猫》 
※山種美術館「【特別展】犬派?猫派?」にて撮影 https://www.yamatane-museum.jp/

竹内栖鳳《班猫(部分)》

竹内栖鳳《班猫(部分)》 
※山種美術館「【特別展】犬派?猫派?」にて撮影 https://www.yamatane-museum.jp/

橋本雅邦の『竹林猫』は一層ミステリアスである。竹内栖鳳の緻密な描写とは対照的に、最低限の線で猫の神秘性が表現されている。その切れ長の目と大きな耳は怪しげで、エジプトの猫の女神バステトを彷彿とさせる。一方で、滑らかな線描で猫のしなやかさを表現したり、手の折り曲がり、肉球など猫の可愛らしい部分も同時に描き出し、猫の多面的な魅力をよく伝える作品である。

『竹林猫』

橋本雅邦《竹林猫》

『竹林猫』(部分)

橋本雅邦《竹林猫(部分)》

猫たちは場所や時代を超えて画家たちを魅了してきたことがわかる。その魅力の源泉は可愛らしさと神秘性の共存にあるのだろう。私自身も後世の猫好きの人たちを楽しませる猫たちの物語を描いていきたい。

松本 亮平(まつもと・りょうへい)
画家/1988年神奈川県出身。早稲田大学大学院先進理工学研究科電気・情報生命専攻修了。
2013年第9回世界絵画大賞展協賛社賞受賞(2014・2015年も受賞)、2016年第12回世界絵画大賞展遠藤彰子賞受賞。2014年公募日本の絵画2014入選(2016・2018年も入選)。2016年第51回昭和会展入選(2017・2018年も入選)。2019年第54回昭和会展昭和会賞受賞。個展、グループ展多数。
HP https://rmatsumoto1.wixsite.com/matsumoto-ryohei
REIJINSHA GALLERY https://www.reijinshagallery.com/product-category/ryohei-matsumoto/

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