文=松本亮平
私の風景画
雄大な山、透き通った川、のどかな田園、荘厳な建築物などに感動した時、それを描き残したいと思うのは自然な気持ちだろう。絵を描く人の多くは心躍る風景を前にした時に風景画を描いた経験があるだろう。私も近所のお気に入りの風景や旅行先の印象的な景色をスケッチすることがとても好きである。また風景画は美しいだけでなくそこに歴史や物語、画家の心情を反映し、特別な意味を込めることもできる。
私が思う風景画を構成する重要な要素は下の通りである。
・自然物や人工物の造形美とそれを切り取る構図
・空間の広がり、奥行き
・光(天候、時間帯)、季節(気温、湿度)
・モチーフの持つ意味(空、海、山、森、建物)
西洋の伝統的風景表現
風景は西洋絵画において伝統的に神話や聖書の物語の舞台として描かれてきたと言われている。クロード・ロランの「小川のある風景」もギリシア神話「アモルとプシュケ」*に基づく物語画である。物語が展開する舞台として谷間の風景が、透視遠近法や空気遠近法を駆使して奥行きを持ってリアルに描き出されている。神の作った自然を再創造する試みだろう。暖かみのある光と陰の多い谷間の様子から日の傾きを感じ取ることができる。日暮れの物悲しさが画面の下中央で嘆くプシュケの悲しみを強調している。
細部に目を移すと木の葉の形や色まで木の種類ごとに描き分けられ、川の水しぶきまで緻密に描かれていることが分かる。その観察眼からは自然そのものへの興味、愛情を感じ取れる。私は、西洋絵画はキリスト教中心のため主題はあくまでも人間であり、自然は添え物であると考えていた。そのためロランの生命力溢れる自然描写は新鮮な発見であった。
またイギリスの美術史家ケネス・クラークも、その著『風景画論』の始まりにおいて 「我々の周りには我々の造ったものではなく、しかも我々と異なった生命や構造をとったもの、木々や花や草、川や丘や雲が取り囲んでいる。幾世紀にもわたってそれらは我々に好奇心や畏怖心を吹きこんできた。歓びの対象ともなってきた。」と述べている。自然を愛し、絵画にする意識は西洋美術にも深く根付いていたことを知り、親しみを覚えた。
*「アモルとプシュケ」の詳細については以下のリンクをご覧ください。
https://www.fujibi.or.jp/our-collection/profile-of-works.html?work_id=1139
理想の風景を描く山水画
日本には古来より理想的な風景を構成して桃源郷として描く「山水画」が存在した。山水画は六朝時代の中国で成立し、室町時代には雪舟が本場・中国(明)に留学し、日本でも独自に発展していった。
西洋の風景画は透視遠近法や空気遠近法を用いて自然をありのままに再現する。一方で、山水画は当時の画家や文人の理想に基づき、独自の遠近法を用い、山や川、民家などを理想的な場所に置いていく構成画であった。そのため山水画は現実では見たことのない風景となる。私が中学生の頃、歴史の授業で初めて雪舟の「秋冬山水図」を見た時の驚きは今もよく覚えている。特に冬の景色の画面中央の縦線は何を表すのか理解できずに戸惑った。しばらくして崖を暗示する線であることは分かったが、見慣れぬ景色に違和感が残ったままであった。今になって構成画であることを踏まえ、この縦線を見るとその役割がよく分かる。この中央の線がまず注目を集める。その線に沿って目線を下げていくと民家、さらには修行僧へと目が移っていく。この絵の魅力的な箇所を効果的に見せる仕掛けなのだろう。この線を隠してみるとあまり印象に残らない普通の風景に見えてくる。現実の再現ではなく理想的な画面を追い求めていたことがよく分かる。
現実に捉われすぎず絵として面白い表現を求める姿勢、自然を愛しつぶさに観察しそれを再現する高い技術、そのいずれも大切にして描いていきたい。
松本 亮平(まつもとりょうへい)
画家/1988年神奈川県出身。早稲田大学大学院先進理工学研究科電気・情報生命専攻修了。
2013年第9回世界絵画大賞展協賛社賞受賞(2014・2015年も受賞)、2016年第12回世界絵画大賞展遠藤彰子賞受賞。2014年公募日本の絵画2014入選(2016・2018年も入選)。2016年第51回昭和会展入選(2017・2018年も入選)。2019年第54回昭和会展昭和会賞受賞。個展、グループ展多数。
HP https://rmatsumoto1.wixsite.com/matsumoto-ryohei
REIJINSHA GALLERY https://www.reijinshagallery.com/product-category/ryohei-matsumoto/