文=松本亮平
先日、アーティスティックスイミングをしている魚たちの絵を描いた。この絵をTwitterに掲載すると1.8万件以上の「いいね」と200件を超えるコメントをいただけた。「魚たちがとても幸せそう」や「元気が出る」などの多くのコメントの中でも、特に印象的だったのは「この魚たちはパンデミックが終わった後の私たちの姿である」と魚に自己投影をする海外の方からの外国語によるコメントだった。このようなコメントは10件以上もあり、国や文化の異なる方々にも絵は共通して伝わることを感じた。
日本人は古くから生き生きとした魚を描いている。出世の縁起物である鯉の滝登りを勢いよく描いた「登竜門図」、金魚の感情まで伝わってくる歌川国芳の「金魚づくし」、色とりどりの魚が泳ぐ様を描いた伊藤若冲の「群魚図」など有名な作品がすぐに思い浮かぶ。
円山応挙は鯉を描いた作品を数多く残しているが、先日の府中市美術館の展覧会「動物の絵」の出品作品の「鯉魚図」は特に面白かった。一般的に魚の絵を描く場合、魚を真横から見た図鑑的で平板な表現になりやすい。実際に魚が泳いでいる姿を見ながら描くことは難しく、過去の絵や陸に上がった魚を見ながら描くためだろう。しかし写生を重んじた応挙は既成概念にとらわれず、鯉の顔を真正面から奥行きを感じさせる表現で描いている。応挙のチャレンジ精神に感心した。
また幸野楳嶺は「海魚図」にて今にも動き出しそうな海水魚を描いている。アンコウ、マダイ、イシダイ、アラ、アイナメなど多くの海水魚の種類を的確に描き分けている。当時、海水魚が泳いでいる様子は鯉よりも一層見ることが難しいと思うが、魚の立体感やヒレの動きまで見事に表現されており、写実力だけではなく想像力の凄さを感じる。
一方で、ヨーロッパの絵画では生きた魚が泳いでいる名画はあまり思いつかない。むしろ静物画の分野で食材としての魚が描かれていることが多く感じられる。17世紀オランダの画家、ピーテル・ファン・ノールトは魚をモチーフとした静物画を多く描いている。今回掲載した「魚のある静物画」では鱗の光沢や体のぬめりなど実物と見間違えるほどの緻密な描写で、オランダの釣りの対象魚として有名なパーチと鯉を描き分けている。また西洋絵画の決まりでは、魚はキリストを象徴するとされている。この作品における「まな板の鯉」のような構図は「キリストの磔刑」を表しているのだろうか。当時の西洋絵画では、高い描写力とそこに込められた崇高な意味こそが画家の実力を表すとされていた。そのためモチーフには寓意を込める必要があり、綺麗な魚が泳ぐ様子を写した作品は認められにくかったのだと想像できる。
日本でも西洋絵画の技法が輸入された明治になると、高橋由一が「鮭図」をリアルに描いている。この絵の鮭は食材としての塩鮭である。また鱗の光沢や細かい描写などから静物画の質感研究の一環として描いたことが読み取れる。魚をあくまでも物として冷静に捉える西洋の思想につながるように思える。しかし、食材としてリアルに描きながらも大きく口を開けた鮭の表情からは鮭の叫びを読み取ることもでき、魚への感情移入もできる。そこに西洋と日本の魚の絵の特徴を併せ持つ魅力を感じる。
松本 亮平(まつもとりょうへい)
画家/1988年神奈川県出身。早稲田大学大学院先進理工学研究科電気・情報生命専攻修了。
2013年第9回世界絵画大賞展協賛社賞受賞(2014・2015年も受賞)、2016年第12回世界絵画大賞展遠藤彰子賞受賞。2014年公募日本の絵画2014入選(2016・2018年も入選)。2016年第51回昭和会展入選(2017・2018年も入選)。2019年第54回昭和会展昭和会賞受賞。個展、グループ展多数。
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