日本で美術館は、博物館の一種であると見なされている。ほとんどの美術館は、博物館法で規定される登録博物館、博物館相当施設、博物館類似施設となっていることからも明らかだ。西洋でも基本的な考え方は同じで、美術館は美術品を対象とした専門博物館だと考えられている。
美術館、博物館を意味する英語「museum」の語源は、詩や音楽、学芸などを司る女神たち(ムーサ)を祀っていた神殿「ムセイオン」。その後中世のヨーロッパでは、多くの王侯貴族が独自のコレクションを築き、あるいは「ヴンダーカマー(脅威の部屋)」と呼ばれる珍しい品々を集めた部屋が作られた。
近代美術館の歴史は、ローマにあるカピトリーノ美術館から始まる。1734年、古代ローマやエトルリアの彫刻、ルネサンス、バロック期のイタリア絵画などの美術品が、かつて宮殿として造られたこの美術館の建物内で初めて一般市民に公開された。それから約60年後の1793年には、パリのルーヴル美術館が開館。前者は教会、後者は王侯貴族のコレクションが中心である。しかし、後代になると、市民コレクションをもとにした美術館も誕生する。その代表的な例が、ドイツのルートヴィヒ美術館。
東京・六本木にある国立新美術館では、6月29日より「ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション」が開催される。同展は、ルートヴィヒ美術館が所蔵する、20世紀初頭から現代までの優れた美術作品を紹介する展覧会だ。
市民が収集した美術作品の寄贈を軸に、
20世紀初頭から現代までの
珠玉のコレクションが誕生した。
ドイツ第4の都市、ケルン市が運営するルートヴィヒ美術館は、20世紀から現代までの美術作品を収集・紹介する世界有数の美術館。その優れたコレクションの特徴は、市民からの寄贈をもとに形成されてきた点にある。この展覧会は、市民コレクターたちに焦点を当て、ドイツ表現主義や新即物主義、ピカソ、ロシア・アヴァンギャルド、ポップ・アートなど、絵画、彫刻、写真、映像を含む代表作152点を紹介するものだ。
二度の世界大戦、東西ドイツへの分裂から統一へといたる激動の20世紀を生きた寄贈者たちは、同じく困難な状況に翻弄され、ときに立ち向かい、またときに社会の新しい息吹に鼓舞された、同時代の美術家たちに目を向けた。
ルートヴィヒ美術館への作品寄贈にかかわった複数のコレクターたち。なかでも、館名に名を冠するルートヴィヒ夫妻は、美術館の顔とも言うべき存在である。ともに大学で美術史を学んだ実業家のペーターと妻イレーネが寄贈した、ヨーロッパ随一の優れたポップ・アートのコレクションやロシア・アヴァンギャルドの貴重な作品群、数多くのピカソの優品は、ルートヴィヒ美術館のコレクションの核を形成している。一方、表現主義や新即物主義などドイツ近代美術の名品の多くは、ケルンで弁護士として活躍したヨーゼフ・ハウプリヒが収集した。彼は、第二次世界大戦から守り抜いた貴重な作品群を、戦後まもなくケルン市に寄贈し、社会に大きな希望を与えた。今回は、こうした代表的なコレクションに加え、グルーバー夫妻からの購入と寄贈をもとに圧倒的な質と量を誇るまでに成長した写真コレクションや、現代美術を振興するさまざまな取り組みを経て収蔵された2000年代以降の作品も紹介していく。
ルートヴィヒ美術館では、美術を愛する個人の活動が、寄贈や支援という行為によって社会に接合する場として機能してきた。今回出展された油彩や彫刻、立体作品、映像、写真を含む 152点は、美術館と市民との生きた交流の証である。この展覧会は、私たちの社会における美術館の意義と役割を見つめなおす機会になるのではなかろうか。
展覧会の見どころ
1. 未来を買ったコレクターたち
ルートヴィヒ美術館のコレクション形成に寄与したのは、市民コレクターたちだった。文化・芸術を愛し守り、次世代に継承しようとしたコレクターたちの未来への想いは、ルートヴィヒ美術館のコレクションや芸術活動の礎にもなっている。美術と社会のゆるぎない結びつきは、日本に生きる現在の私たちにとっての示唆となるだろう。
2. 美術史をたどる、100年の多様な表現
ドイツ表現主義、新即物主義、キュビスム、ロシア・アヴァンギャルド、バウハウス、シュルレアリスム、ピカソやポップ・アート、前衛芸術から抽象美術、そして2000年代以降の美術。20世紀初頭から今日までの多様な表現を紹介。また、それぞれのセクションに挿入された写真コレクションは、時代の精神を生き生きと伝えている。さらに女性作家たちのきらりと輝く表現にも注目してほしい。
3. 時代が息づく珠玉の152点
20世紀前半のふたつの世界大戦と戦後の復興、東西の統一を経て、現在ではヨーロッパを牽引する国のひとつとなったドイツ。展覧会を体験すれば、美術を通じてドイツの歴史が分かり、歴史のなかに美術が見えてくるだろう。人間と社会、そして歴史に迫る珠玉の152点を心ゆくまで味わい尽くそう。
ルートヴィヒ美術館とは
古来、ライン河沿いの交通の要衝として発展してきたケルンは、文化の薫り高い古都。世界最大のゴシック建築であるケルン大聖堂、ヨーロッパ最古の大学の一つであるケルン大学ほか、数多くの美術館、博物館を擁している。
ルートヴィヒ美術館は1986年、ケルン大聖堂にも隣接するライン河畔に開館した。しかし、その構想は、美術コレクターとして名高いペーター&イレーネ・ルートヴィヒがケルン市に約350点の作品を寄贈した1976年に遡る。また、同じケルン市立のヴァルラフ=リヒャルツ美術館からは、ケルンの弁護士、ヨーゼフ・ハウプリヒが1946年に寄贈したドイツ近代美術のコレクションを含む1900年以降の作品がルートヴィヒ美術館に移管され、この美術館の基盤が整えられた。
今日、ルートヴィヒ美術館は、ヨーロッパで最大級のポップ・アートのコレクション、表現主義や新即物主義などのドイツ近代美術とその同時代のロシア・アヴァンギャルド、世界で3本の指に入るピカソのコレクションや、写真史を網羅する質・量ともに優れた写真コレクション、そして世界各地の現代美術の収集により、国際的にも高く評価されているのだ。
[information]
ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡 ― 市民が創った珠玉のコレクション
・会期 2022年6月29日(水)~ 9月26日(月)
・会場 国立新美術館 企画展示室2E
・住所 東京都港区六本木7-22-2
・時間 10:00〜18:00 ※毎週金・土曜日は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで
・休館日 毎週火曜日
・観覧料 事前予約制(日時指定券):一般2,000円、大学生1,200円、高校生800円
※チケットの詳しい情報は、展覧会HPのチケット情報をご覧ください。
※中学生以下は入場無料。
※障害者手帳をご持参の方(付添の方1名含む)は入場無料。
※7月16日(土)~18日(月)は高校生無料観覧日(学生証の提示が必要)。
※会期中に限り、当日のみ有効のチケット販売を予定していますが、来館時に予定枚数が終了している場合があります。
・TEL 050-5541-8600(ハローダイヤル)
・URL https://ludwig.exhn.jp
●この展覧会は東京会場での会期終了後、京都国立近代美術館に巡回します。
会期:2022年10月14日(金)~ 2023年1月22日(日)