2024年2月28日から3月25日にかけて、フランスはパリ16区のリンダ・ファレル・ギャルリーにおいて、「第8回サロン・ド・アール・ジャポネ2024」と題する日本人アーティスト101名による展覧会が開催された。多数の出展作から見事グランプリに選出されたのが、『北欧のヴィーナスII』。浅野肖像画工房を経営する写実画家・浅野勉の作品である。
プロのイラストレーターから画家に転身し、近年は全日肖展などを舞台に活躍を続ける浅野であるが、彼にとっては今回が初めての海外での作品展示、受賞となった。
このインタビューでは、そんな彼の画家としての歩みや肖像画家としてのこだわりなどについて紹介する。
人物画を描くようになったきっかけ
──グランプリ受賞おめでとうございます。今は画家として浅野肖像画工房を主宰しておられますが、以前は広告の分野で活動していたそうですね。その技術は、東京デザイナー学院という専門学校で身に付けたと聞きました。
私が高校を卒業した頃は日本の景気が良く、広告にイラストを使うことが多い時代。また、憧れのイラストレーターがいたこともあって、イラストレーションを学ぼうと、進学先には専門学校の東京デザイナー学院を選びました。
その方のようになりたいという夢を持ち、イラストレーターを目指して上京。専門学校卒業後はイラストレーターとして就職し、4年後にはフリーでの活動を始めたのですが、バブルが弾け、広告にあまりお金を掛けない風潮が生まれました。さらに、私が得意とするリアルイラストが古臭いイメージとなって、ポップなイラストがはやり、デジタル化の進展もあって仕事自体が減少し、食べていくことさえ大変だった時代です。
もちろん絵画も好きだったので、写実絵画を描く海外作家の展覧会を観に行ったことがありましたが、油彩で人物を写実的に表現する絵画もまた、その時代にはあまり評価されていませんでした。
──イラストレーター時代に、純粋な絵画を描くことはなかったのでしょうか?
私が通った高校はミッション系の学校だったのですが、卒業後のイラストレーター時代にその学校の理事長に依頼されて150号1点と100号4点の聖教画、そして理事長の肖像画を油彩で描いたことがあります。また、私自身の祖父と祖母の肖像画も描きました。
──出身校から依頼が舞い込むということは、浅野さんの腕前が知れ渡っていたのでしょうね。子どもの頃から美術が得意だったのでしょうか?
幼少期から絵を描いたり物を作ったりすることが好きで、いつも夢中で漫画や絵本などを模写していました。また、中学校や高校の部活動では、油彩で静物画を描いて県展や美術館協会展などに出品しました。
──周囲にも絵を描いていた方がいたのでしょうか?
実家は専業農家でしたし、それ以外にも近くに美術関係者はいませんでした。しかし、周囲の皆が私の才能にとても関心を持ち、応援してくれました。
──確かに才能を伸ばすには、周囲の理解が必要だと思います。では、そんな浅野さんがイラストレーターとしてではなく、画家として絵を描くようになったのはいつごろからでしょうか?
写実絵画専門の美術館として、ホキ美術館が千葉にオープンしたのが2010年。その翌年にホキ美術館へ行き、そこで観た写実絵画の素晴らしさに魅了されて「私がやりたかったのは、これだ!」と魂が熱くなりました。それと同時に、写実絵画がブームになっていたと気付かなかったことに後悔したのです。少し遅くなってしまいましたが、細密な作品を描くため、凸凹のない、平滑に磨いた支持体を作り、手初めに母親の肖像画を描きました。その試みがうまくいったので、写実絵画の登竜門である白日会展に挑戦したところ、入選したのです。また、同じ年に肖像画を描きたいと考えたことから、全日肖展に出品するようになりました。クオリティーの高い人物を描こうとして、肖像画に挑戦したといったところでしょうか。
──なぜ具象画、その中でも特に人物画を描こうと思ったのでしょうか?
イラストレーターとしては人物画を描くことはありませんでしたが、ホキ美術館へ行った時に人物が描きたいという思いを強くしました。時代がデジタルへと切り替わってイラストレーターでは食べて行けなくなった私は絵を諦め、10年間ぐらいはアートから離れた仕事をしていましたが、あの時ホキ美術館へ足を運んだことが自分にとっての大きな分岐点となったようです。
写実絵画ブームとホキ美術館がなかったら、今の自分はありません。
肖像画へのこだわり
──浅野さんはいわゆる芸術作品を描くだけでなく、肖像工房で商品としての肖像画の注文も受けています。肖像写真にはない、肖像画の良さはどこにあると思いますか?
写真よりも存在感のある作品になるということでしょうか。立体を意識して描くため、人物に合った背景を創作し、よりまとまりのある作品となるよう目指しています。
亡くなられた方の肖像画を描くこともあるのですが、その時は写真を何枚か提供していただき、光の具合、髪型、服装などについて入念に打ち合わせした上で、ご家族の希望を上回る作品となるように日々精進しています。完成した作品を直に手渡しすることもあります。その際にご家族の喜ぶ姿を見ると、この上ない喜びを感じますが、それこそが肖像画の醍醐味であるといえるかもしれません。
──自分の作品の特徴は何だと思いますか?
写真以上の存在感です。クオリティーを高めて、見飽きることのない、観る人を感動させる作品を描くことを心掛けています。そのために制作する上では、色の3原色、つまりシアン、マゼンダ、イエローについて十分に理解し、深みのある色づくりを意識しています。
──絵画技術は専門学校時代に学ばれたのでしょうか?
むしろイラストレーター時代にマスターしたテクニックが、役立っています。画家を目指してからは、都内で開催されている好きな作家さんの個展に足を運んで画材や技法を聞いたり、美術雑誌に掲載された作業工程を参考にしたり、YouTubeで作家さんが発信されている情報を見たりと、いろいろ試してみました。もっともその中には、自分には合わない技法もありましたが。
今では、作品によって技法を変えるなど、自分に合った描き方ができるようになりました。制作するたびに、前回よりクオリティーの高い作品を描けるよう気を配っています。
──幅広い人物を描いていますが、特にどんな点に気を付けていますか?
若い女性は写真以上に美しくなるように、肌や髪を綺麗に描くことを意識しています。年配の女性を描く時は、なるべくシワが目立たないようにし、実年齢よりも20歳ぐらい若くなるようにします。
それに対して、年配の男性のシワは今まで生きてきた勲章のようなもの。絵に深みが加わるので、そのまま描いています。
いずれにせよ作品を描いたら、その写真をメールで依頼主に送って確認・納得していただいた上で、最終的に完成させたものを依頼者に送るようにしています。
外見のみならず内面も表現する
──人物の内面までを描き出すには、どうすれば良いのでしょうか?
肖像画を描く際、ピントが合った写真を参考にして時間を掛けて描いていると、おのずとモデルの方の性格が分かってくる感じがします。しかしピントが合っていない写真を提供されたり、写真の口元が “への字” になったりしている場合は、鏡で自分の姿を観察して少し口角を上げたり、目尻に笑いジワを少し入れたりするなどして、笑顔を意識して描くことも。こうした小さな工夫によって、表情が柔らかで内面性が現れた肖像画を描くことを目指しています。
──画面に圧倒的な存在感を生むために、心掛けていることは何ですか?
繰り返しになりますが、写真をよく観察して、常に立体感を意識して描くことです。
人はそれぞれ肌の色が違うので、絵具を混ぜ合わせてモデルの方に近い色を作り出して描くのですが、難しい反面、楽しさもあります。写真だけを参考にして描いていると、明るさや彩度が落ちて実際の色とは違うように見えてしまうこともありますが、最近はタブレットを活用して画像を拡大できるようになったため、細部まで厳密に描けるようになりました。
──そこまでこだわって描いた作品の中で、最も印象に残っているものはどれでしょうか?
2023年の全日肖展で内閣総理大臣賞を受賞した『MIKAMI 93』です。毎年、展覧会の頂点を目指して描いているのですが、これまではそれがなかなか叶いませんでした。2023年11月に故郷の福島で2人展を予定していたため、絶対に頂点を取って弾みを付けたいと思い、その前年、知り合いの93歳のおじいさんにモデルをお願いしたのです。とても良い雰囲気に年齢を重ねた、重厚感ある方だったので、入念に観察して圧倒的な存在感を表現すれば、必ずや頂点に届くはずだと自信を持って挑みました。
8回目の挑戦で内閣総理大臣賞を受賞することができ、とても嬉しかったです。
ホキ美術館プラチナ大賞を目指し、さらにその先へ
──『北欧のヴィーナスII』が「第8回サロン・ド・アール・ジャポネ2024」でグランプリを受賞しました。海外でも高い評価を受けたことをどう思いますか?
以前から海外の展覧会に挑戦したいと考えていて、今回初めて出品したのですが、最高賞であるグランプリを受賞でき、とても嬉しく感じるとともに今後の励みにもなりました。ありがとうございます。
──今後も海外で活動したいと考えていますか?
そうですね。海外での出品を続けたいと思います。特に、人物画だけを対象とした展覧会にも挑戦したいですね。
──海外・国内含めて今、目標にしていることは何でしょうか?
今は3年に一度開催されるホキ美術館プラチナ大賞に向けて作品を描いているところです。締め切りは7月1日と、もう間もなく。前回は238人中52人の入選者に加わることができましたが、今回こそ頂点の大賞を目指します。そして、人生の新たなステージに立ちたい。これまでは山あり谷ありの遠回りした人生でしたが、今は確固たる目標があるので迷わず精進し、輝ける将来を迎えたいと思っています。
2025年には都内での個展開催を考えているという浅野。そのため、現在はホキ美術館プラチナ大賞への応募作づくりと並行して、これまで取材してきた資料を整理して個展のスケジュール作成に取り組んでいるところだという。画家として充実期を迎えている時だけに、個展をはじめとする浅野の今後の活動には、大きな期待が持てそうだ。
「第8回 サロン・ド・アール・ジャポネ 2024」についてはこちら
浅野 勉 Tsutomu Asano
1966年
福島県に生まれる
1987年
東京デザイナー学院卒業
某デザイン会社にイラストレーターとして入社
1992年
同社を退社し、フリーのイラストレーターとして活動を始める
2015年
第91回白日会展に『福島の母ー希望の実』が入選
第62回全日肖展に『バレリーナ』が入選、同展小作品の部で『母親』が東美賞受賞
2016年
第63回全日肖展で『さくらんぼ』が奨励賞受賞、同展小作品の部で『農家の叔父』が銅賞受賞
勝田台ステーションギャラリーにて個展
2017年
第64回全日肖展で『バレリーナII』がクサカベ賞受賞、同展小作品の部で『ふたご』が銅賞受賞
千葉スペースガレリアにて個展
2018年
第65回記念全日肖展で『福島の母ー希望の苗』が第65回記念大賞受賞、同展小作品の部で『バレリーナⅢ』が銅賞受賞
2019年
第66回全日肖展で『優雅な時間』がホルベイン賞受賞、同展小作品の部で『明日を見つめる人ー桑折町長』が佳作受賞
2021年
第67回全日肖展で『ジャズミュージシャン』がナムラ賞受賞
第2回ホキ美術館プラチナ大賞に『ゴシックローズ』が入選
2022年
第68回全日肖展で『Mの肖像』特選受賞、同展小作品の部で『北欧のヴィーナス』が金賞受賞
福田宏樹×浅野勉 2人展開催
2023年
第69回全日肖展で『MIKAMI 93』が内閣総理大臣賞受賞、同展小作品の部で『風鈴』が銀賞受賞
フジテレビ「めざましテレビ」(キラビトコーナー)出演
浅野勉×宮本明彦 絵画展(福島県伊達郡旧郡役所)
2024年
第8回サロン・ド・アール・ジャポネ2024で『北欧のヴィーナスII』がグランプリ受賞
■浅野肖像画工房 公式サイト https://asano-koubou.com/