自己は有限でも
外部との関係で無限があらわれる。
表現は無限の次元の開示である。
── 李禹煥
国際的にも大きな注目を集めてきた「もの派」を代表する美術家、李禹煥(リ・ウファン、1936年生)の東京では初めてとなる大規模な回顧展が、開館15周年を記念して国立新美術館で開催される。
李は、東洋と西洋のさまざまな思想や文学を貪欲に吸収。1960年代から現代美術に関心を深め、60年代後半に入って本格的に制作を開始する。視覚の不確かさを乗り越えようとした彼は、自然や人工の素材を節制の姿勢で組み合わせ提示する「もの派」と呼ばれる動向を牽引した。また、すべては相互関係のもとにあるという世界観を、視覚芸術だけでなく、著述においても展開している。
李の作品は、芸術をイメージや主題、意味の世界から解放し、ものともの、ものと人との関係を問いかける。それは、世界のすべてが共時的に存在し、相互に関連しあっていることの証なのだ。新型コロナウィルスの脅威に晒され、人間中心主義の世界観に変更を迫られている現在、李の思想と実践は未曾有の危機を脱するための啓示に満ちた導きなのかもしれない。
「もの派」にいたる前の視覚の問題を問う初期作品から、彫刻の概念を変えた〈関係項〉シリーズ、そして、静謐なリズムを奏でる精神性の高い絵画など、代表作が一堂に会するこの展覧会。李の創造の軌跡をたどる過去の作品とともに、新たな境地を示す新作も出品される予定だ。
展覧会の見どころ
李禹煥が自ら展示構成を考案
1960年代の最初期の作品から最新作まで、李の仕事と経過と性格を網羅的に浮き彫りにするこの展覧会。彫刻と絵画の2つのセクションに大きく分けられ、彫刻と絵画の展開の過程が、それぞれ時系列的に理解できるように展示される。また、野外展示場には石とステンレスを用いた大型作品が設営される予定だ。
1960年代末の日本美術界の傾向を反映した作品を紹介
展覧会冒頭に展示されるキャンバスにピンクの蛍光塗料を用いた三連画《風景I》、《風景II》、《風景III》(すべて1968年)は、東京国立近代美術館で開催された「韓国現代絵画」展(1968年)に出品された李の初期の代表作。視覚を攪乱させるような錯視効果を強く喚起する作品であり、当時の日本に興隆していた傾向を反映している。
ものともの、場所、空間、イメージとの関係に着目した〈関係項〉シリーズ
1968年頃から制作された〈関係項〉は、主に石、鉄、ガラスを組み合わせた立体作品のシリーズ。これらの素材にはほとんど手が加えられていない。李は、観念や意味よりも、ものと場所、ものと空間、ものともの、ものとイメージの関係に着目したのだ。その後もこのシリーズは展開され、近年の作品では、環境に依存するサイトスペシフィックな傾向が強まっている。
新鮮な印象を与えるアーチ状の野外彫刻
李は2014年にフランスのヴェルサイユ宮殿を舞台に個展を開催。2つの石が両脇を支えるように配された、ステンレスの巨大なアーチ状の野外彫刻《関係項―ヴェルサイユのアーチ》が設営され、大きな話題となった。今回の展覧会では、国立新美術館の野外展示場でアーチ状の野外彫刻の新作が披露される予定だ。
行為の痕跡によって時間の経過を示す2つのシリーズ
1971年にニューヨーク近代美術館で開催されたバーネット・ニューマンの個展に刺激を受けた李は、幼年期に学んでいた書道の記憶を思い起こし、絵画における時間の表現に関心を強めた。1970年初頭から描き始めた〈点より〉と〈線より〉のシリーズは、色彩の濃さが次第に淡くなっていく過程を表し、行為の痕跡によって時間の経過を示している。この2つのシリーズは10年ほど続けられた。
1980年台以降のより新しい、空間的な絵画のシリーズ
1980年代に入ると、画面は荒々しい筆遣いによる混沌とした様相を呈してくる。それは〈風より〉と〈風と共に〉のシリーズに顕著だ。80年代終わり頃からはストロークの数は少なくなり、画面は次第に何も描かれていない空白が目立つようになった。さらに2000年代になると、〈照応〉と〈対話〉のシリーズが示すように、描く行為は極端に限定され、ほんの僅かのストロークによる筆跡と、描かれていない空白との反応が試されてくる。これらのシリーズは、空間的な絵画であると言えるだろう。
李禹煥 Lee Ufan
1936年、韓国慶尚南道に生まれる。ソウル大学校美術大学入学後の1956年に来日し、その後、日本大学文学部で哲学を学ぶ。1960年代末から始まった戦後日本美術におけるもっとも重要な動向の一つ、「もの派」を牽引した作家として広く知られている。1969年には論考「事物から存在へ」が美術出版社芸術評論に入選、1971年刊行の『出会いを求めて』は「もの派」の理論を支える重要文献となった。『余白の芸術』(2000年)は、英語、フランス語、韓国語等に翻訳されている。50年以上に渡り国内外で作品を発表し続けてきた李は、近年ではグッゲンハイム美術館(ニューヨーク、アメリカ合衆国、2011 年)、ヴェルサイユ宮殿(ヴェルサイユ、フランス、2014年)、ポンピド ゥー・センター・メッス(メッス、フランス、2019 年)で個展を開催するなど、ますます活躍の場を広げている。国内では、2010年に香川県直島町に安藤忠雄設計の李禹煥美術館が開館。本展は、「李禹煥 余白の芸術展」(横浜美術館、2005年)以来の大規模な個展となる。
[information]
国立新美術館開館15周年記念 李禹煥
・会期 2022年8月10日(水)~11月7日(月)
・会場 国立新美術館 企画展示室1E
・住所 東京都港区六本木7-22-2
・時間 10:00〜18:00 ※毎週金・土曜日は20:00まで ※入場は閉館の30分前まで
・休館日 毎週火曜日
・観覧料 一般1,700円、大学生1,200円、高校生800円、中学生以下無料
※障害者手帳をご持参の方(付添の方1名含む)は無料
※10月8日(土)~10日(月・祝)は高校生無料観覧日(学生証の提示が必要)
・TEL 050-5541-8600(ハローダイヤル)
・URL https://leeufan.exhibit.jp/
●この展覧会は東京会場での会期終了後、兵庫県立美術館に巡回します。
会期:2022年12月13日(火)~ 2023年2月12日(日)