アーティスト

岩澤慶典インタビュー
──「裏メニュー」が生まれた理由

《片手にピストル。こころに食べ物》画像

《片手にピストル。こころに食べ物》2023年

 

鮮やかな色彩の動物と食べ物を組み合わせ、細部まで目を凝らして眺めたくなる絵画。それが、画家・岩澤慶典の作品だ。

東京・日本橋のREIJINSHA GALLERYで5月10日から開催される彼の個展のタイトルは「The Secret Menu」。日本語で「裏メニュー」を指す、この秘密めいたタイトルに引きつけられ、百兵衛編集部は作家にインタビューをおこなった。

動物と食べ物で構成される作品たち

──現在の作風に辿り着くまでにはどのような経緯があったのでしょうか?

昔から動物が大好きで子どもの頃からよく描いていました。今でも訪れた動物園に動物と触れ合えるコーナーがあれば、子どもたちをかき分けてでも触りに行くくらい好きです。人間を描くよりも匿名性があり、それでいてさまざまな表情を見せてくれますし、作品を観る人の想像の幅を広げてくれるのも動物を描く理由です。
食べ物を組み合わせようと思ったのは昔、大学の教授にコンセプトについて指摘されたのがきっかけでした。ただ可愛い、面白いだけではなく、一歩踏み込んだ内容があってのウィットに富んだ面白さを出すべきだと言われ、家畜動物と食材の共存する絵が生まれました。さらに父が作っていた家庭菜園の新鮮な野菜を食卓で見続けてきたこともあって、作品の中の色彩がより鮮やかになりました。
自分の好きなものと、自分が挑戦してみたいと思えるような他者からの意見を、素直に受け入れて構築していった結果、現在の作風になりましたね。

 

──岩澤さんの作品からは、植物や食べ物などを組み合わせて人物などを寓意的に表現したジュゼッペ・アルチンボルドの影響も感じられます。
古典画を参考にすることもあるのでしょうか?

アルチンボルドは後になって影響を受けた画家の一人ですが、私の絵画の世界観のもとになったのはフランドル絵画です。ピーテル・ブリューゲルやヒエロニムス・ボスですね。緻密な描き込みと鮮やかな色彩、絵の隅々まで物語が散りばめられた表現に憧れを持ち、自分もそんな絵を描いてみたいと思いました。
古典ではないですが、ウィーン幻想派のアリク・ブラウアーには現在の絵柄への影響を多大に受けました。そのほかにも自分の画風に沿っていないような画家の影響もたくさんあります。

《イイつゆだな #2》画像

《イイつゆだな #2》2024年

 

──動物と食べ物の組み合わせはどのようにして決めているのでしょうか?

動物または食べ物から連想するものを組み合わせて決めています。例えば、シチューといえば牛、アイスといえばしろくま。昔あった「マジカルバナナ」という連想ゲームのような感覚です(笑)。
ダジャレやことわざ、色の関連性、その動物の生息している環境など、あらゆる方向から連想して決めています。

《イン巣タントラーメン》画像

《イン巣タントラーメン》2021年

 

──なるほど。岩澤さんの制作の鍵は想像力なのですね。
その想像力
の源は何でしょうか?

ありきたりですが、日常の全てです。
普段からセンサーを張っていると、何気なく生活している中にも小さな「ひっかかり」みたいなものが見つかります。テレビ番組や夢の中で見たものなど、不思議だと思える瞬間をネタ帳に書き留め、それらを単独、あるいは組み合わせて使うようにしています。
一番のアイデアのもとは人との会話でしょうか。本がなかなか読めない自分にとっては口語が一番理解しやすいです。自分に知識がない分、いろいろな分野のプロフェッショナルたちの話を聞き、インスピレーションをもらっています。コミュニケーションって大切ですね。

 

岩澤作品における「裏メニュー」とは?

《Peaceful tank》画像

《Peaceful tank》2023年

 

──2020年の個展「食彩どうぶつ」は、「食べ物の皮肉」がテーマでしたが、今回はどのようなテーマで制作したのでしょうか?

昭和、平成、令和を通して無視できないほどの大きな出来事がいくつもありました。ただ好きという気持ちだけで自分の絵を描くというのも極めていけば一つの方向性ですが、SDGsや戦争など、今世界で起こっている出来事も自分の食べ物と動物の絵に関連付けて描こうと思いました。自分が何かを変えられるなんて思ってはいませんが、悲観的な出来事も「こんな世界にしたら面白いな」とか考えて、現代の自分を取り巻く環境を記録する意味でも、作品のテーマにしようと思いました。

 

──今回の個展タイトル「The Secret Menu」は「裏メニュー」という意味ですが、この言葉を選んだ理由を教えてください。

行きつけの飲食店を想像してみてください。基本的には王道のメニューを頼みますよね。ただマンネリ化してくると変わり種のメニューも食べたいと思う日もあるはずです。自分自身の制作でも最近慣れ親しみすぎた感があって、絵の中にもっとクセのあるもの、自分自身が悩んだりドキドキワクワクしたりするようなものを描きたいと思いました。料理用語に関するタイトルにしたいと思っていたので「王道メニュー」ではなく「裏メニュー」としました。

 

──これまでの作風が「王道メニュー」であり、それに対する「裏メニュー」なのですね。

はい。慣れ親しんだポップで普遍的な自分の絵に対して、風刺的な自分の絵を「裏」としました。

 

──「裏メニューを作ろう」と考えたのは、何がきっかけだったのでしょうか?

前に大学の後輩の個展に足を運んだ際、その後輩に「昔のような風刺的な絵は描かないんですか? 今話題の牛のゲップが温暖化の原因になっているというネタで描いてみてくださいよ」と言われたのがきっかけです。ハッとしました。「売れる絵を描かなきゃ!」という思いが年々強くなり、受けの良いポップな絵柄の作品を無意識のうちに描こうとしている自分に気付きました。

 

《Circulator》画像

《Circulator》2024年

 

──個展「食彩どうぶつ」から約4年間、いろいろなことを考えてきたのですね。

そうですね。やはり「初心に返ってマンネリにならず、現代のテーマ性も考えてみる」ということは大切にしました。
技術的に心がけたこともあります。例えば、自分の絵の癖。「構図は縦の方が良い」とか、「同じような色の組み合わせを使いがち」とか。やはり慣れたことをしてしまうんですよ、楽だから。だから、あえて自分にとっては難しいことを、少しずつ自分の絵の中に取り込んでいくようなことをしています。

 

作家・岩澤慶典の素顔

──岩澤さんは思考をとても大切にされていますね。少し突っ込んだことを聞きますが、制作に行き詰まることはありませんか?

ストレスや睡眠不足にはなりがちですよね。常に頭の片隅で考え事をしてしまっているので、仕事がままならない時も正直あります(笑)。
でも、行き詰まったりスランプに陥ったりすることはないんです。アイデアは常にありますから。単純にそのアイデアを整理したり組み合わせたりして図像を導き出す時間と集中力を出せば良いだけで。後回しにしてしまう癖がよくないんですね。しっかりテスト勉強をすれば良いだけなのに、なぜか部屋の片付けを始めてしまうような。

 

──制作に時間がかかってしまいそうですが……どうでしょうか?

例えば家電製品を買った時には、説明書を最初から最後まで見るという性格なんですよ。全体を把握してから使いたいという。これってすごく時間がかかりますよね。かかるのがわかっているので億劫になってしまうんですね。まあ、最終的には締め切り前の根性で対処するわけなんですが。

 

──その気持ち、よく分かります。
では最後に、目標を聞かせてください。

想像力を生み出すことを諦めないことですね。
昔大学の教授に「卒業してから10年は制作を続けなさい。そうしたら見えてくることがあるから」と言われ、素直にやってみました。確かに見えてきました。自分の絵の方向性、可能性。また、作品を通して人との縁が増えると、そこにまた新たな物語ができ、絵も変わります。
しかし、作家には「売れるには?」という問いが常に付いて回ると思います。売れることは確かに大事ですが、それに取り憑かれすぎて表現が陳腐になったら元も子もない。言い訳かもしれませんが……。
ある有名なショルダーコピーについて解説している方がいて、その方の書いた解説文の中に、「想像しなければ、目に見えるものしか見えないのだ。見えないものを見ようと、想像力は悶えるのだ」という意味のことが書いてありました。それを読んだ時、「生きているうちに、観てくれる人の想像力を掻き立てるような作品を作ることが、自分の生きる意味なんだな」と改めて実感しました。大袈裟ですが、今でもそう思って制作を続けています。

「The Secret Menu」という展覧会タイトルから垣間見えるのは、岩澤が目指すアーティスト像だ。進化し続ける画家・岩澤慶典の作り出す「裏メニュー」を、ぜひ会場で直接味わってほしい。

[Profile]
岩澤慶典
Yoshinori Iwasawa

1983年
神奈川県生まれ
2005年
個展(ホワイトキューブKYOTO)
2006年
個展「Life」(乙画廊/大阪)
2007年
京都造形芸術大学卒業制作展学長賞受賞(京都市美術館)
2009年
東京藝術大学大学院美術研究科修士課程油画専攻修了
個展「animalism」(gallery坂巻/東京)
2011年
東京藝術大学教育研究助手 ※’13年まで
2012年
東京藝術大学油画教員展サマーショー2012(日本橋高島屋本館/東京)※’11年出展
2013年
絵画思考油画現職教員展2013(藝大アートプラザ/東京)※’11、’12年出展
2014年
三越×東京藝術大学 夏の芸術祭2014次代を担う若手作家作品展(日本橋三越本店/東京)
2015年
ART OSAKA ※’08~’11年出展
2018年
個展「食彩変化」(REIJINSHA GALLERY/東京)
第35回FUKUIサムホール美術展優秀賞受賞(福井カルチャーセンター)
2019年
個展「それぞれの物語」(画廊ビュッフェファイヴ/和歌山)
2020年
個展「食彩どうぶつ」(REIJINSHA GALLERY/東京)
2021年
岩澤慶典×浅井保宏×色川美江(Art Space金魚空間/台湾)
図鑑展ワンダーランド!小学館図鑑NEO大賞受賞(藝大アートプラザ/東京)
第6回星乃珈琲店絵画コンテスト優秀賞受賞
2022年
バレンタイン現代美術展2022(B-gallery/東京)
ART JUNGLE 藝大動物園(藝大アートプラザ/東京)
AHA展2022(ジャスマック青山/東京)※’19〜’21年出展
2023年
ANIMALS(Gallery美の舎/東京)
GEIDAI ART JUNGLE returns 藝大密林化計画(藝大アートプラザ/東京)
猫会議2023(REIJINSHA GALLERY/東京)※’19年出展
ART TAICHUNG 2023台中藝術博覽會(台中林酒店・Art Space金魚空間/台湾)※’22年出展
ONE ART Taipei 2023(JR東日本大飯店台北・Art Space金魚空間/台湾)
2024年
第99回日本パステル画会展(東京都美術館)※’14〜出品
個展「The Secret Menu」(REIJINSHA GALLERY/東京)
現在、神奈川県にて制作
Instagram @r.swamp83
X @r_swamp83
公式サイト iwasawayoshinori.wixsite.com/oilpaint

[information]
岩澤慶典 The Secret Menu
・会期 5月10日(金)~5月24日(金)
・会場 REIJINSHA GALLERY
・住所 東京都中央区日本橋本町3-4-6 ニューカワイビル 1F
・電話 03-5255-3030
・時間 12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
・休廊日 日曜、月曜、祝日
・URL https://linktr.ee/reijinshagallery

■展覧会予定
個展
・2024年9月17日(火)〜9月23日(月・祝)
・TOKYU PLAZA GINZA/東京
・instagram @tokyuplazaginza_art
※詳細は上記よりご確認ください。

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