明治維新以後、近代化によって日本の美術界は大きな変化を強いられた。その明治末期から昭和初期にかけて活躍したのが、日本画家・速水御舟(1894〜1935)だ。彼は、わずか30年ほどの活動の中で近代日本画に強い影響を与え、その方向性を決定づける作品を多く遺した。
古画の模写や写生に基づく叙情的な作品から、大正期の精緻を極めた写実描写、古典的な絵画への回帰、そして単純化と平面性を伴う画風へと変化する作品には、一人の画家が描いたとは思えないほどの多彩な表現が見られる。しかし、その変遷において一貫しているのは、対象の真実に肉薄しようとした御舟の姿勢だ。それは、西洋の絵画と対峙する中で、日本画が直面せざるをえなかった様々な問題に真摯に向き合った結果とも言える。
展覧会のみどころ
1.地方では15年ぶりとなる速水御舟展
速水御舟は近代美術史において極めて高い評価を得ている。しかし、これまで御舟の大規模な展覧会が地方で開かれることは稀だった。近年では、2008年の平塚市美術館以降は開催されておらず、本展は御舟の芸術をより深く味わうことができる貴重な機会だ。
2.「頂上まで登った梯子から降りて来て、再び登り返す勇気」―御舟芸術の凄みと神髄
明治、大正そして昭和へと、40年という短い生涯を駆け抜け、道半ばで没した速水御舟。
23歳で日本美術院同人に推挙され、横山大観や小林古径ら日本画家だけではなく、安井曾太郎や岸田劉生ら洋画家にも高く評価された。約30年の画業において、御舟はその時々で目指す表現を突き詰め、極めて完成度の高い作品を生み出したが、決して自らの到達点に満足せず研究を重ね、求道的とも言える制作態度を貫いた。
「梯子の頂上に登る勇気は貴い、更にそこから降りて来て、再び登り返す勇気を持つ者は更に貴い」という自身の言葉の通り、型にはまることを嫌い、新たな画風に挑み続けた御舟の軌跡をご覧いただきたい。
3.細密描写ここに極まれり―写実の向こうにあるもの
大正期の御舟が対象をつぶさに見つめて試みた、細密描写の極みとも言うべき『菊花図』。様々な種類の菊が金屏風に描かれた様子はとても華やかで、花弁や葉の細部に至るまで妥協なく描き切った鋭利な描写からは、画家の執念すら感じられる。
また、油彩画に触発されたとも言われる御舟は、大正期には静物画を多く手掛け、抽象的な空間に果物や器、布などを配し、見事な質感と量感の描写によって一部の隙もない小世界を創り出した。とりわけ、この時期の静物画の代表的な作例である『鍋島の皿に柘榴』は、油絵の質感を目の当たりにした御舟が、日本画の顔料を使って、どれだけ対象の質感や実在感を表すことができるかを試みた作品だ。
4.花々の香気、動物たちの佇まい
花卉画や花鳥画も好んで描いた御舟。その精妙かつ自由闊達な筆遣いが伝えるのは、単なる花や動物の迫真性に留まらず、馥郁たる花々の香気であり、動物や虫たちの息遣いであり表情なのだ。また、豊かな色彩や計算された描写、構図の妙、墨やたらし込みを駆使し、濃淡を自在に操った筆致などにも注目してほしい。
この展覧会では、『洛北修学院村』『菊花図』『鍋島の皿に柘榴』『花ノ傍』をはじめとした本画約100点と素描が出展される。
型にはまることなく、幅広い画風で人々を魅了し、描くことの意味を問い続けた御舟の、画家としての道筋を改めて振り返ろう。
会期中のイベント
■講演会「速水御舟《埃及風俗図巻》の修復について」
講師:半田昌規氏(東洋絵画修復家、半田九清堂代表取締役)
日時:2023年3月5日(日) 14:00~15:30
会場:地階講堂
定員:250名(要事前申込、参加無料)
申込方法:①来館 ②往復はがき ③参加申込フォーム
※参加申込フォームはこちら
■講演会「速水御舟、その生涯と芸術」
講師:尾﨑正明(茨城県近代美術館 館長)
日時:2023年2月26日(日) 14:00~15:30
会場:地階講堂
定員:250名(要事前申込、参加無料)
申込方法:①来館 ②往復はがき ③参加申込フォーム
※参加申込フォームはこちら
[information]
速水御舟展
・会期 2023年2月21日(火)〜3月26日(日)
・会場 茨城県近代美術館
・住所 茨城県水戸市千波町東久保666-1
・時間 9:30〜17:00 (入場は16:30まで)
・休室日 3月13日(月)は一部作品の展示替えのため企画展示室は休室、所蔵作品展のみ開催
・入場料 一般1,100円、満70歳以上550円、高大生870円、小中生490円
※春休み期間を除く土曜日は高校生以下無料
※障害者手帳・指定難病特定医療費受給者証等をご持参の方は無料
※3月11日(土)は満70歳以上無料
※Web予約推奨
・TEL 029-243-5111
・URL https://www.modernart.museum.ibk.ed.jp/