あなたは世界をどんなふうに見ているのか?
写真はそれを共有するための手段
歌う、演じる、描く、刻む、吟じる、書くなどの表現を支え、この100年間最も大きな役割を担ってきたのが、「見る」という行為であったと思う。見る、ことから始まる。それを絵にする、写真にする。文字にする。歌にする。演技に取り込む。
多くの創作の場面では、「見る」だけでは受動的なこともあり、表現であるとは認められない。しかし写真論の中では、この「見る」という行為は、すでにして作家の意思であると考えられている。何を撮るのかよりも、それに先んじて、何をどう、見るのか? 見る、視る、観る、という恣意的な行為だけではない。もっと無自覚に、眺める、目にとめる、目にとまる、チラリとかすめ見る、自然に映り込む、目をやる、などの「見る」も、ほとんどの場合、表現か、表現がはじまる大事な起点と考えられる。
写真にまつわる要素は多い。被写体は誰か? 場所はどこか? いつなのか? その決定的な物事が起こるタイミングや背景はどうだったのか? だが、これらの要素を全て剥ぎ取って、最後に残る「見る」だけに焦点を当てていくと、写真の本質、それに先んじる、見るという行為の本質が浮き上がってくる。
今回は「見る」に焦点を当て、探ろうとした意欲的な写真集、ビジュアル集を紹介したい。
1973年、というから、もう50年も前のこと、ニューヨーク近代美術館は、膨大な写真コレクションから100枚を選りすぐり(選者はジョン・シャーカフスキー)、「LOOKING AT PHOTOGRAPHS」*1という意欲的な展覧会とカタログを作り上げた。そもそも人間は何を見てきたのか、を問うていこうとする意欲的な内容になっている。今手にとると内容はクラシカルな印象が強い。コレクションもアメリカ中心に偏りが隠せないが、1973年までの重要写真家の名鑑となっている。「見る」を問い始めた最初の展示であり、印刷物だ。
「LOOKING AT PHOTOGRAPHS」からずいぶん時間を経て、さらに「見る」に対して鋭くも広がりのある内容を誇る本が登場した。
「HOW YOU LOOK AT IT 20世紀の写真」*2という。ドイツ・ハノーバーで2000年に企画された展覧会と、その豪華カタログのタイトルである。手にすると、ずしりと重さがある。実に530ページに迫る重厚さだ。
また、この本は単に写真集なのではなく、おびただしい写真の中に要所要所を固めるがごとく、エドワード・ホッパー、ロイ・リキテンシュタイン、アンディ・ウォーホルら、重要ペインターたちも作品を連ねている。また写真家の中でも、現代美術の世界に足場を持つアンドレアス・グルスキーらも登場する。つまり、写真を中心にしながらも、ヴィジュアルの幅を最大限まで広げながら「あなたはそれをどう見るのか?」と語ってくるのだ。
ページを繰るたびに、「このヴィジュアルをどう見るのか?」と、本が問う。あなたは、こう見る、でも肉眼ではこう見えないかもしれない、だけど、リアルに見たものよりも、本質が見えてくる。でも、でも、それはなぜなのか・・・あなたは答えを求められる。
グルスキーのスーパーの食品売り場をテーマにした作品がある。カメラの視点は我々の日常よりもずいぶん高いところにあるものの、被写体や雰囲気は我々にお馴染みのものだ。グルスキーは、どんな作品でも一貫して、極限まで絞り込み、画面に映り込むもの全てをくっきりシャープに写しとめることで知られる。スーパーもまったく同じだ。我々の目の前に全ての商品がくっきりした輪郭で並べられ、同製品が反復する。もしも、肉眼で、いつもこんなふうにスーパーの内部が見えてしまうとしたら、我々は視覚情報過多で落ち着いていられなくなってしまう。
他の作家の作品では、名前も背景も知らない女性が、とてもとても魅力的に見えてくる。ホッパーの都会の街角には、底知れぬ孤独が張り付いているとはっきり見えてくる。ホックニーの明るすぎる日差しは、最初フレンドリーに見えたのにやがて拒絶的になっていくと知る。
日常で我々がチラリと何かを見る。そのことは、おびただしい事実やとても見分けられない真実の積層と、めくるめくイマジネーションが入り乱れる、とんでもない世界への入り口なのだ。
まず、見る。シャッターを切る。
写真になることで初めて自分自身はいったい何を見ているのか、それを知る、のかもしれない。
*1: 原題は「Looking at Photographs: 100 Pictures from the Collection of The Museum of Modern Art」
*2: 英訳題は「How You Look at It: Photographs of the 20th Century」
高橋 周平
1958年広島県尾道市出身。1980年代中盤より、写真・美術を中心に評論。主な著作に「写真の新しい読み方」「彼女と生きる写真」、ザ・ビートルズ訳詩集「ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」など。
企画・編集写真集に「キス・ピクチャーズ」「イジス」ほか、エリオット・アーウィット写真集数冊、など約30タイトル。
展覧会としては「ハーブ・リッツ・ピクチャーズ」展など多くをディレクション。
1996年からスタンフォード大学研究員、1998年より多摩美術大学。現在、美術学部・教授。