New color / new work 写真は個へ向かう
一仕事終わって、写真集をパラパラとめくってみる。古いものも新しいものも、作家さんからいただいたものもいろいろ混じっている。紙を触って目を楽しませて和んでいる。見ているような、半分は妄想のイメージに浸っているような。いつの間にか禅のような空(くう)に漂っている。この中途半端な時間。僕はその時間がとても好きだ。
ときどき古いものを手に取ると、新鮮な発見がある、と言うのも面白い。今回手に取った「New color / new work」は1984年にキュレーターであるサリー・オークレアによってまとめられたもので、18人の写真家が紹介されている。当時、僕は「写真の今」を知りたくてこの本を手に入れた。その3年前には「New color」と言う前身になるものも発売されていたので、さらに新しいものを知りたい、と言う気持ちが強かったのだと思う。
「New color / new work」は、1984年当時の写真界においてかなりのインパクトを持って迎えられたと思う。僕が不思議に思ったのは、ほとんどの評論家がこの本を無視したことだが、活発に活動している写真家からは「この本を知っているか?」と言う話の切り出しが多く、そのギャップも印象深かった。
簡単にまとめると、1984年の日本の写真界は、写真作品はモノクロームであらねばならない、カラーはひとつもふたつも格下にすぎない(あるいは商業主義にすぎなく語るまでもない)、とする「白黒至上主義」の支配の中にまだあって、しかし、もうそれは古臭い考え方なのだろう、とする新しい写真家たちの気持ちの湧き上がりもあったのだが、誰もそれをうまく表現できていない、というまどろっこしい状態だった。そこにこの本が現れて、「カラーで作品、もはや当然」と明言してくれたのだった。
この本から逆に辿ることによって、ウィリアム・エグルストンらを主軸に1970年代の終わり頃からカラー作品が美術界で認められはじめた、という流れなども見えてきた。カラーの世界をわざわざモノクロームに置き換えなおさなくてはならない不文律への直感的な反発もあったと思うし、ネガカラーフィルムを用いるCタイプと呼ばれたプリントが、解像感、色彩の再現性や耐久性を一気に向上させ、微妙なカラーグレーディングも可能で作家の意図する世界観に応えることが可能となった。その上で手を出しやすいスタンダードなラボワークスになったことも関係している。
もうひとつこの本が示してくれたのは、テーマの解放感だった。先に評論家は語らなかった、と書いたが、このことに関係している。語りにくかったのだ。この本に収められた18人は、すべて個人的な、日常的なところからテーマとするものを拾ってきている。70年代の後半までは写真が本質的なテーマとして保ってきた、写真の公共性、共有性、客観性というものは、この本からは感じられない。評論家が寄って立つべきものが欠落していた、だから扱いに困ったのだった。
ご承知のように、この本から5年くらい経つと写真作品の傾向は大きく変わった。日常にテーマを求めるのは当たり前のことになり、シャッターを切られる場面は、リアルな私生活に移り変わった。その延長線上に、デジタル写真があり、今の写真の姿がある。
18人からは有名作家が多数生まれた。ウィリアム・エグルストンは言うに及ばず、ジョエル・スタンフェルド、ジョエル・メーロヴィッツ、ジョン・ファール、スティーヴン・ショアら、いずれも傑出した才能である。
「New color / new work」は、寄せ集めの一貫性のない本だ、という批判も聞かれた。第三集となる続編は「アメリカン・アイデンティティ」と題され、何やら決然としたものをタイトルにこめた。編集方針は変わらず寄せ集め感は強い。だが個人的には寄せ集めが悪いとは思わないし、大袈裟なタイトルをつける必要などなく、「New color / 3」でよかったのに、と今でも思っている。
高橋 周平
1958年広島県出身。早稲田大学卒業。1980年代中盤より、写真・美術を中心に評論。主な著作に「写真の新しい読み方」「彼女と生きる写真」、ザ・ビートルズ訳詩集「ハビネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」など。「ハーブ・リッツ・ピクチャーズ」展など多くをディレクション。1996年からスタンフォード大学研究員、1998年より多摩美術大学。現在、美術学部・教授。
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