現代美術を通して見た“猫的なるもの”の展覧会
昨今、“猫ブーム”到来とも言われ、絵画・浮世絵の展覧会やインターネット上で人気を集めている猫。決して飼い慣らされることなく、野性を保ったまま人間とともに暮らす彼らは、言葉によって意思を伝え合うことはできないが、人間の心に何かを訴えかける、不思議な生きものではないだろうか。
これまで人間は多くの種に影響を及ぼし、世界中の動物を絶滅へと追いやってきたが、猫は長い時間をかけて人間と暮らすようになった。そして人間が自然を離れて都市を形成し、高層ビルに住むようになると、猫もより高い場所での生活に順応しはじめる。人工的な環境のなかでも決して手懐けられることのない存在は、小さな自然とも言えるだろう。長い進化の過程で、自ら見て、触れ、嗅いで、隙間や内と外を自在に行き来しながら、あるがままの道を歩んできたのだ。
そんな猫のように、言葉の秩序から逃れることができる存在として、現代美術を紹介する展覧会が開催される。本展では、かわいさだけではなく「日常性」「くつろぎ」「野性」「ユーモア」といった猫の持つキーワードとともに、ポエジーや異なる空間感覚、そして進化などの多角的な面が見えてくるだろう。
“猫的なるもの”を媒介に、6人の美術家と1組の建築家の視点を通して、我々の身近なところから人間中心の見方を少し変えてみよう。
出品作家:泉 太郎、大田黒 衣美、落合 多武、岸本 清子、佐々木 健、五月女 哲平、中山 英之+砂山 太一
展覧会のみどころ
1. 日常
これまで菱田春草、竹内栖鳳、藤田嗣治などの多くの画家に描かれてきた猫。かわいらしさと同時に野性味を併せ持つ彼らは、画家たちにとって格好の題材である。
背景のない肖像画のような構図で写実的な油彩画を生み出す佐々木健は、出展作の猫のほかにも、雑巾やテーブルクロス、ブルーシートなど、通常は目に留められることのないものを細密に描いている。佐々木の絵画は、近代日本の油彩画が構築しようとしてきた「大きな主題」を解体し、日常のささやかなものへと眼差しを向けさせる。
2. くつろぎ
猫の優雅な無気力さと無関心な休息ぶりは、見る人を和ませる。
自在な素材を用いて、絵画とオブジェ、写真の狭間を漂う作品を制作する大田黒衣美。彼女は「見立て」に似た手法で、ウズラの卵模様を風景、気分転換のために嚙むガムを公園で休憩する人々に、猫の毛皮を野原に変容させ、日常の隙間に飄々とした光景を生み出すのだ。
3. 野生
完全に飼い慣らされることがない猫は、時折人間の管理欲望を乱す。
ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ(ネオダダ)のメンバーとして、1960年代に前衛芸術シーンで活躍した岸本清子。猫を愛と自由の象徴と捉える彼女は、「赤猫革命」と称して社会変革を訴えるパフォーマンスを行なった。岸本の絵画やパフォーマンスは、我々の日常におけるラディカルな攪乱要因となるだろう。
4. ユーモア
人間とともに暮らす猫は、紐や球を追いかけたり、驚いて身長の数倍高く飛び上がったりと、数多くの愉快な習性を見せる。
映像、オブジェ、パフォーマンスを織り交ぜたインスタレーションを手掛ける泉太郎の用いるゲームのような手法もまた、人間の知覚とは異なる不条理なユーモアを生み出す。作品には動物の異質性が取り込まれていると言えるだろう。
5. ポエジー
犬のように人間の指令に従うことなく、自分で触れ、嗅ぎ、見ることに頼る猫は、言葉に支配されることはない。その気ままな生き方は、非論理的な存在として多くの詩に登場してきた。
ドローイング、絵画、オブジェ、彫刻、パフォーマンスの多様な媒体で制作を行う落合多武の作品にも、詩作のような軽快なポエジーが漂う。落合多武の作品に登場する猫たちは、自由な連想遊びのように豊かな余白を孕んでいるのだ。
6. ミクロとマクロ
猫の視点を介せば、本棚は山に、絨毯は大海原に見えるかもしれない。
二人の建築家・中山英之と砂山太一が共同で手掛けた『かみのいし』は、文字通り、紙でできた石のように見える家具。彼らはそのほかにも、各部屋が岩でできた住宅模型などを展示し、美術館の空間に変容をもたらす。
7. 積層する時間
猫には人と暮らすようになるまでの進化の長い道のりがあるが、五月女哲平は時間の堆積を感じさせる作品を制作する。
対象を幾何学的な色面に変換する絵画で注目された五月女。彼は近年、無彩色の黒やグレー、白の色面が画面を覆い、地と図が幾何学形象を成す、よりミニマルな絵画を制作している。絵画の歴史の中で、あくまで自らの体験に根差して制作されたの絵画やオブジェ。一見シンプルに見える絵画は、色彩が何層にも塗り重ねられており、図像の縁に色の微かな揺れが生じる。こうした彼の作品は、積層する時間とともに、展示空間をささやかに変容させるのだ。
物と物の隙間や内と外を自在に行き来する猫になぞらえ、多様な現代美術が紹介されるこの展覧会で、日常や言葉の秩序から逃れる不可思議な存在に触れてみよう。鑑賞し終える頃には、自身の世界の捉え方にも新たな変化が生まれているに違いない。
[information]
ねこのほそ道
・会期 2023年2月25日(土)〜5月21日(日)
・会場 豊田市美術館
・住所 愛知県豊田市小坂本町8-5-1
・時間 10:00~17:30 (入場は17:00まで)
・休館日 月曜日(5月1日は開館)
・観覧料 一般1,000円、高校・大学生800円、中学生以下無料
※豊田市内在住又は在学の高校生、豊田市内在住の75歳以上、障がい者手帳をお持ちの方(介添者1名)は無料(要証明)
・TEL 0565-34-6610
・URL https://www.museum.toyota.aichi.jp