文=松本亮平
目を描く、いのちを吹き込む
動物を描く楽しさの一つは目を描くことにある。目を入れた際に、動物の性格、機嫌、考えていることまでも表現できる。かつて奥村土牛も「目が楽しいから生き物を描くのが好き」と語っている。
しかし動物の目は写真で見ると多くの場合、黒く沈んで見える。ほとんど白目は見えないし、下をむいているときにはハイライトもない。実際の動物たちの今にも動き出しそうな雰囲気や可愛らしさが伝わりにくい。そこで、私は意識的に白目を描きどこを見ているのか分かりやすくし、ハイライトや白目の中の反射光を強調し生き生きとした表情を作っている。その中でも私はハイライトを大切にしており、目にハイライトを入れた瞬間に描かれた動物に命が宿るのを感じる。実際に動物と出会い気持ちが通じ合った感覚を再現できた時の喜びは至上のものである。
江戸時代の動物画の目
私の好きな江戸の動物画には基本的に目にハイライトがない。しかし、動物たちは表情豊かに表現され、何を見て、何を考えているのか伝わってくる描写である。そこにはどのような工夫があるのだろう。
まずは円山応挙の描く子犬たちの無邪気な表情を例に見てみたい。好奇心旺盛な子犬たちの目がクルクルと動き回っている雰囲気がよく捉えられている。犬においては本来あまり見えることはない白目がはっきりと描かれ、瞳孔と虹彩の差が強調して表現されている。これにより子犬たちが興味を持って見ている方向が明確になり、今にもその方向に走り出しそうな雰囲気を作り出している。
また、応挙の描く虎も面白い。応挙はリアルな虎を描くために輸入された毛皮を写生しており、『虎嘯生風図』でも丁寧な毛描きにより毛の流れや質感を写実的に再現している。一方で、その目はどうだろうか。一見すると特徴的な黒いアイライン、黄色のグラデーションでリアルに描いてあるように見える。しかし本来は丸いはずの虎の瞳孔を、縦長に描いてしまっている。これは生きた虎を見たことのない応挙が、猫の目を参考に描いたためだろう。また目のサイズは実物よりもはるかに大きく描かれている。しかし、これは実物の虎の迫力を一枚の絵でよく伝えるために役立っているようにも思える。実物の虎は意外にも目が小さく、そのまま描くと表情が読み取りにくい。私も虎を描く際には実物よりも大きく目を描くようにしている。
土方稲嶺の『猛虎図』の虎の目もやはり大きい。また目の下の黒い隈取りも獲物を狙うような強い目力を強調している。また稲嶺の虎の瞳孔は応挙とは異なり、実物の虎と同様に丸く描かれ、目頭、目尻も表現されており、一層リアルな印象である。これは稲嶺が虎の棲息する中国(清)の画家、沈南蘋の画から学んでいたこととも関係があるのかもしれない。
渡辺省亭の生命感溢れる目の表現
少し時代を進めて、明治時代に花鳥画家として活躍した渡辺省亭の絵を見ていきたい。省亭も応挙と同様に写生を重んじ、観察に基づいた生き生きとした描写を得意とした。そしてここに来て今までには見られなかった目のハイライト表現が現れてくる。明治になると、絵においても西洋の影響が強くなり、リアルな質感描写や立体感の表現に優れた絵が現れてくる。その中でも特に渡辺省亭はパリ万博への出品や留学を重ねており、日本の伝統的な美的感覚に西洋の写実表現を合わせた先端的なスタイルを確立した。その優れた表現は『赤坂離宮花鳥図画帖』に描かれたモモイロインコの目にも見ることができる。この絵を全体的に見ると木とその葉や実、また鳥の体毛と脚などは今までの日本の絵に準じて平面性が強く、質感描写はほとんどされていない。しかしその目には、執拗に筆が入れられており、今までの日本の絵には見られなかった透明感や潤みの質感が表現されている。目のハイライトはもちろん、白目の中の繊細なグラデーション、下目蓋にあたる光などが緻密に描かれ、生命感溢れる表現につながっている。
いずれの画家も目には他の部分とは一線を画して、こだわった描写をしていることが分かる。全体的に見ると黒く見えがちな目に対して、白目や瞳孔の形、ハイライトのコントラストを強調することで、生き物の気分や次に行う行動を暗示している。私は今までハイライトを特に意識して描写してきたが、瞳孔の形や白目のグラデーション、目蓋などその周辺にも気を配り、生き物の生命感を表現できるように気を付けて描いていきたい。
松本 亮平(まつもと・りょうへい)
画家/1988年神奈川県出身。早稲田大学大学院先進理工学研究科電気・情報生命専攻修了。
2013年第9回世界絵画大賞展協賛社賞受賞(2014・2015年も受賞)、2016年第12回世界絵画大賞展遠藤彰子賞受賞。2014年公募日本の絵画2014入選(2016・2018年も入選)。2016年第51回昭和会展入選(2017・2018年も入選)。2019年第54回昭和会展昭和会賞受賞。個展、グループ展多数。
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