コラム

心鏡 #20
2024年6月11日-16日

文=小松美羽

新たな自分を知るための旅のすすめ

日本のパスポート保有率は、わずか約17パーセント(2024年2月)とのことだ。地続きで他国と隣接していない島国だからか、言語が異なる海を越えた先に足を踏み出す事に不安を抱く人も少なくないように感じる。英語教育は小学校から行なっているはずだけれども、中学・高校や大学にかけて何年も学んでいるはずなのに積極的に会話ができるという自信に繋がらない。むしろ苦手意識を抱えている人は多いのではないだろうか? かく言う私自身もそうだった。

最初のうちは客室乗務員さんの話す丁寧な英語にも緊張するし、イミグレーションでは胃が痛くなりそうなくらい緊張したりもしていた。それでも若い頃は海外に憧れていた部分も多かったので一歩踏みだす勇気は多かったかもしれないけれども、バイトで貯めたお金を使って旅するのが刺激的で楽しくて仕方なかった事を覚えている。

バーゼルの小松美羽

バーゼル駅前(スイス)にて

29歳のときにタイ南部にて瞑想の修行と出会った事をきっかけに、肉体だけではなく、瞑想の力を使ってありとあらゆる場所に飛んでいく方法を身に付けてから、銀河系を超えて多くの広大な宇宙に広がる星々の間を飛び回るようになった。そうすると肉体がある事の苦しみを知ることになる。反面、肉体があることで多くの事を学び、行動できる喜びも知った。

小さい頃から誰に教わったわけでもないのに昔から知っている様な感覚があって、それは寝る前の日課だったのだが、瞼を瞑って見える残像をトンネルのように変形することだった。トンネルの様に変形させたあとは、その入り口に意識を入り込ませるのだ。そうすると、ものすごいスピードで自分が光となってトンネルを駆け巡る。途中止まったり巻き戻したり、時間と言う概念にも拘束されなかった。
そのトンネルの辺りはいつも真っ暗で、ときおり感じるのは星々の光だった。いまだにトンネルのゴールに行き着いたことがない。ただただ幼少から今にかけて、ずっと走り続けているだけだ。それでも、いつもそこには希望があって怖さはない。トンネルの中に自分がいるのに、トンネルの外にも自分がいて2つの視点が意識の中に存在している。この体験が当たり前となっている。この先をずっと走っていても真っ暗は続く、その先に出口があって光があるかなんて分からないのに先に進んでしまう。

飛行機に乗って海の向こうに行くことも少し同じかもしれない。その先に素晴らしい経験があるかどうかなんて保証できないし、人によってはもう2度と冒険したくないと懲りてしまう人もいるかもしれない。でも懲りたことだとしても行って学んだ事であって、全てが経験と学びなのだから、その経験がどう自分に作用するかは無限大の可能性を持っていると思う。だから、自分の命の安全を優先しながら一歩踏み出してみても良いかもしれない。

2024年6月、私はイギリスのロンドンにあるフィッツロビア礼拝堂にて8時間の公開制作のため、キャンバスに向かっていた。
Avant Arte*さんの主催で実現したこの公開制作はインターネットを通じて世界中に配信された。黄金に輝く教会の天井には星々が輝いていて、天使の飛んだ光のラインがときおり空に現れて、すぐ耳元まで羽音が聞こえてくる様だった。事前に私が塗った下地が教会の雰囲気と一体となり、今日のこの日を祝福していただいている様に感じた。協力してくださった多くの皆様のエネルギーが、キャンバスに吸い込まれていく様に感じた。きっと素晴らしい制作体験が訪れるだろうと確信しながら、私は筆を取った。

フィッツロビア礼拝堂での小松美羽

フィッツロビア礼拝堂での公開制作

制作中の教会内への訪問は限定されていたのだがインターネット配信を通じて、まるで光のトンネルがいくつも絡み合うように伸びていく感じがした。そのトンネルの先に描くという行為を通して繋がっていった様に感じた。流れているはずのない讃美歌が聞こえてくるような、天使の羽から落ちてくる光の粒子を浴びるような、自分は生かされてここまで来ることができたのだと再認識し、フィッツロビアというこの歴史的な地に呼ばれたことに感謝した。

完成した『Sacred Connectedness』

8時間もの格闘の末に完成した『Sacred Connectedness』(神聖なつながり)

ちょうど、8年前のその日はイスラエルを訪問していた日だった。私が「祈りの根源」と出会った時期だった。今、こうして過去現在未来を行き来しながら、私は絵を完成させようとしている。
絵が完成すると、心は穏やかだった。教会の天井から絵に向かって視線を落とすと、全てが調和していた。絵描きと言う人生を与えられたことに感謝した瞬間だった。
そして多くの人々の協力があってこその今日だった。キャンバスに向かって頭を下げ、ふと振り返ると、私は1人ではなかった。多くの関わってくださった皆様の心に祝福が訪れることを祈った。

素晴らしい実存の体験を終えて、我々一行はスイスのバーゼルに飛んだ。6月は1年に一度のアートバーゼル*が開催され、世界中のアートファンが集まってくるのだ。みなさんはアートフェアと聞くと、ギャラリーごとにブースで分けられた空間がひしめきあっている様子を想像するかもしれない。もちろんそういった側面もあるのだが、スイスのアートバーゼルには「Unlimited(アンリミテッド)」という部門がある。巨大なインスタレーションが鑑賞者の心を鷲掴みにしていく連続的な経験を与えてくれる。まだ訪れた事のない人にはおすすめしたい。

またアートバーゼル期間は、周辺の美術館巡りもおすすめしたい。特にFONDATION BEYELER(バイエラー財団美術館)は強くおすすめする美術館の1つだ。
この美術館を訪れた際にちょうど開催されていたのは、時間の経過とともに変化しつづける「living organism(生命体)」としての展覧会だった。その特徴は、観客がいるにもかかわらず展示をアトランダムに掛け替える事。鑑賞し終わった展示室も数十分後にもう一度訪れると、さっきまでなかった新しい作品に組み替えられていたり、展示されていたはずの作品が動かされて無くなっていたりする。そして、時代や各々の作家を超えて、異なる作家同士の作品を1つの作品のように繋げて展示したり、異なる作家同士の彫刻作品を近接対峙させて展示したりと、挑戦的でワクワクする仕掛けになっていた。

読んでいたらワクワクして気になってしまったあなたへ! もし気になったのなら、それはチャンスです。スイスへの渡航費は安くはありません、稼ぐ事は簡単なことではありません。でも、お金以上の価値があるかもしれない、この体験はあなたを光に導くのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
それを知るために、新たな自分を自分が知ってあげるために旅に出かけるのもいいかもしれない。

スマホの小さな画面が全てではない。スマホを地球に置いてみてください。地球と比べてみて欲しい、地球は大きい。スマホを宇宙にかざして欲しい、宇宙はスマホよりも広大だ。確かにスマホはその小ささに比べて与えてくれる情報量は大きいかもしれない。しかしそこには真実もあれば真実のように見せかけた嘘もたくさん存在する。私たちは実存的な体験を積んでいかなくてはいけない。私たちが実体を持って生まれた意味を、自分自身で導き出していかなくてはいけないのだ

チーム小松

旅をさらに豊かにしてくれる仲間たち(チーム小松)


【Avant Arte】アムステルダムとロンドンに拠点を置き、後者には版画スタジオも有するアート関連企業。世界中の主な現代アーティストとの協働によって、シルクスクリーンやNFTなど多様な形態の限定版を作成し、販売している。
https://avantarte.com

【アートバーゼル】スイス北西部の都市バーゼルで、1970年から毎年実施されている世界最大級の現代アートフェア。今年の「アートバーゼル2024」は6月13日から16日までの日程で開催された。
https://www.artbasel.com

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