1993 年に設立された日本文化藝術財団は「創造する伝統」をテーマに掲げ、日本の伝統文化と現代芸術の保護や育成、復興を図るとともに、新しい文化の創造を目的とする活動を続けてきた。その取り組みの一つとして、次世代を担う若手アーティストの人材育成に寄与するために、1996年より芸術系大学に就学する学生に対し奨学金を給付する育英事業「日本文化藝術奨学金」をおこなっている。
去る2023年2月14日、明治記念館で「第14回 創造する伝統賞」及び「2022年度 日本文化藝術奨学生」の授与式典が執りおこなわれた。51名の応募者の中から奨学生として決定したのは12名。2012年より対象者を大学院生のみとしており、1名あたり年額50万円が給付される。他の奨学金との重複受給が可能であることも、制作のための材料費や作業環境を整えるために資金を必要とする若手アーティストにとっては喜ばしい条件だ。
晴れて、2022年度の奨学生に決定したアーティストの中から二人に、選ばれたことに対する気持ちや今後の制作活動について話を聞いた。
伊藤 きく代 ITO Kikuyo
日常生活にありふれたプラスチックやゴム素材、人が使い込んだ廃材の質感。伊藤は、これらの素材が持つ雰囲気が作品と鑑賞者との距離を近づけると考え、「チープな素材=ちゃちさがアホっぽい、可愛い素材」と定義し、作品を制作する。最近では公園の公共性に着目し、使われていない空間と作品を通して人々が集うことのできる「チープ・パーク」を制作している。
──日本文化藝術奨学生に選ばれた率直な気持ちをお聞かせください。
私は廃材を使って作品を作っていて、制作しているときは大抵土や埃まみれです。授与式典にお招きいただき、会場である明治記念館の素晴らしさに驚いています。普段過ごしているのと正反対な場所なので、場違いなんじゃないか……と思ったり。その一方で、このアートの価値をわかってくれる人がいたことがとても嬉しいです。
──奨学生に選ばれたこの機会を、どのように活かしたいですか?
京都市立芸術大学が2023年に京都駅東部へ移転するに伴って、東九条にある空き家や空き地を利用し、アートと地域を結びつける「チープ・パーク」を構想しています。
また、作った作品の行き場についても考えているところです。知り合いから、ポンピドゥー・センターで作品が集まりすぎて収蔵しにくくなっていることや、スイスのジュネーヴでは廃材や資源を活用する作品に取り組むアーティストが多いという話を聞きました。そのことを現地に確かめに行き、また、そこで滞在制作をしたいとも考えています。
私の作品は、チープさ、つまり緊張感のなさが良いところだと思っているので、見てくれる方の癒やしになればと思います。身近な地域から世界に活動を広げていきます。
選評(近藤 健一)
伊藤氏は安価な既製品や中古品・廃材を「チープな素材」ととらえ、それらを遊具として並べることで公園のような空間を作り出すインスタレーション「チープ・パーク」を制作している。プロジェクトのユニークさと、これを全国の空き地や空き家などにも展開していきたいという活動計画が評価された。
伊藤 きく代 ITO Kikuyo
2022年 京都市立芸術大学 油画専攻 卒業
2022年 京都市立芸術大学大学院 美術研究科 絵画専攻 入学
Instagram https://www.instagram.com/kikpop_u/?igshid=ZDdkNTZiNTM%3D
簡 維宏 CHIEN Weihung
台湾から京都芸術大学大学院に留学した簡維宏。彼は、世界の美術市場における日本画のタブローとしての優位性の確立のために、新たな朦朧体の表現を目指す。それは、支持体に麻生地を使用することや、展色材として兎膠を使用すること、また、修復用紙である典具帖紙を併用することで、重厚な絵肌を実現しようとするものだ。「外国人としての立場から日本画の可能性を再検証することで、Japanese Painting ではなく『NIHONNGA』を世界に発信したい」と述べている。
──展示作品『出町柳の朝』(2022年)は、どのようなところに最も苦労しましたか?
麻生地に日本画絵具を用いて描いた上に、典具帖紙を何枚も貼り重ねたことです。
横山大観や菱田春草らが用いた朦朧体の雰囲気を取り入れようと試みています。
──日本文化藝術奨学生に選ばれた率直な気持ちをお聞かせください。
とても感動しています。
日本文化藝術を冠する奨学金なので、外国人である僕が選ばれるとは思ってもみませんでした。
──今後の展望、制作での目標や取り組んでみたいことはありますか?
大学院修了後、台湾に戻るか悩みましたが、さらに1〜2年は日本での留学を継続したいと考えています。
卒業展では、150号2枚を合わせた大作を出展しましたが、もっと大きな作品にチャレンジしたいです。継ぎ目のない、一枚の壁のような。朦朧体を意識した表現を追求し、鑑賞者が作品の雰囲気を十分感じられるようなものにしたいですね。
選評(椿 昇)
近年台湾から日本画を学ぶために留学する学生が続いて大学院に入学を果たしている。その多くは明治以降の日本画の系譜をよく理解し、日本人の学生が忘れがちな伝統的な技法理解や表現に耽溺する傾向を持つ。氏の表現はまだそれを学ぶ段階で、固有の表現を獲得するまでには至っていないが、日本画が素材面で世界から評価を受けにくいなどの弱点を克服する技法材料の研究も視野に努力しており、継続して日本への留学を希望する学生たちへのエールを込めて本奨学資金が氏の活動に役立てば嬉しい。
簡 維宏 CHIEN Weihung
2015年 国立台中教育大学 美術領域 卒業
2018年 国立台中教育大学大学院 美術領域 修了
2022年 京都芸術大学大学院 芸術研究科 芸術専攻 博士課程入学
Instagram https://www.instagram.com/weihung0209/?hl=ja
【展覧会予定】
簡維宏 個展(仮題)
会期 2023年4月26日(水)〜5月1日(月)
会場 アートギャラリー北野 1階
住所 京都市中京区三条通河原町東入ル恵比須町439-4 コーカビル
URL https://www.gallery-kitano.com/
2022年度 日本文化藝術奨学生
・伊藤 きく代/京都市立芸術大学大学院 美術研究科 絵画専攻
・翁 素曼/東京造形大学大学院 造形研究科 造形専攻
・岡ともみ/東京藝術大学大学院 美術研究科 先端芸術表現専攻
・簡 維宏/京都芸術大学大学院 芸術研究科 芸術専攻
・金 路/東京藝術大学大学院 美術研究科 文化財保存学専攻
・小林 由/東北芸術工科大学大学院 芸術工学研究科 芸術文化専攻
・鈴木 初音/東京藝術大学大学院 美術研究科 美術専攻
・添田 賢刀/東北芸術工科大学大学院 芸術工学研究科 芸術文化専攻
・高田 マル/京都市立芸術大学大学院 美術研究科 油画専攻
・寺田 健人/横浜国立大学大学院 都市イノベーション学府 都市イノベーション専攻
・西 毅徳/東京藝術大学大学院 美術研究科 建築研究領域
・又吉 紘士/沖縄県立芸術大学大学院 造形芸術研究科 生活造形専攻