文=松本亮平
先日、REIJINSHA GALLERYにて個展「温故知新」を開催した。その個展はおよそ3年半にわたり連載している当コラム「温故知新」において古典絵画から学んできたことを発表する場となった。
DMの作品「画家と助手」は長沢芦雪の「虎図」を描く猫画家と虎助手の絵である。芦雪の描いたこの虎は躍動感があるが恐ろしくはない。私にはむしろひょうきんで可愛らしく感じられた。この恐くない可愛い虎にヒントを得てマイペースな猫画家に振り回されながら、一生懸命働く虎助手の姿を思いついた。虎助手のポーズは私自身がモデルをしており、猫たちに振り回されるこの虎の姿に私の普段の制作の様子を重ねている。
「毛糸肩掛けをする猫像」は会場で多くのお客様から「岸田劉生の『麗子像』のオマージュですか?」とご質問をいただいた。その通りである。猫の目つきと毛糸の肩掛けから察していただけたのだろう。岸田劉生は自身の芸術の規範を過去に求め北方ルネサンスや東洋の古典絵画から学び、真摯に対象の内面と向き合った画家である。この点において私もいたく共感している。劉生の「深く写実を追求すると不思議なイメーヂに達する。それは『神秘』である。」の言葉を胸に刻み、表面的な猫の可愛さを追うだけでなく、猫の内面の不思議な神秘性に迫る絵を描いていきたいと思う。
温故知新 vol.12 「黒い背景の絵に学ぶ」(https://www.hyakube.com/magazine/matsumoto_ryohei_12/)
※『劉生画集及芸術観』1920年
水中を泳ぐ魚は日本の伝統的な絵のテーマである。古来より日本人は魚たちのことを身近に感じ、心を寄せていたことがわかる。一方で西洋絵画において魚は静物画の一種として扱われてきたように思う。今回の個展に出品した「環境適応」、「猫遊魚図」は水中を泳ぎ回る魚をテーマにした西洋画の技法による作品である。普段から私は川や海を泳ぐ魚を眺め、魚種を見分けて楽しむことを制作の合間の癒しとしている。私の場合、魚の絵の資料は水族館の取材、またその際の写真や動画などを主に使う。しかし江戸時代の画家、幸野楳嶺はそれらを見ることなく泳ぎ回る魚のヒレの動きまで生き生きと描写した。実際に泳ぐ様子をあまり知らないにも関わらず描くことができたのは、楳嶺の豊かな想像力によるものなのだろう。想像力を自由に働かせることで絵が生き生きとする場合もある。実物に捉われすぎぬように気を付けようとも感じている。
温故知新 vol.10 「魚の絵に学ぶ」(https://www.hyakube.com/magazine/matsumoto_ryohei_10/)
最後に猫が古い鳥の絵を修復している作品「絵画修復士」を見ていきたい。画面右側の鳥たちはフランス・スナイデルスの「鳥のコンサート」からの引用である。スナイデルスの描いた鳥たちは楽しげに鳴き合い、賑やかに羽ばたいているように見える。私はこの生き生きとした鳥たちの様子を自作に取り入れたいと考え画中画として採用した。墨を用いて鳥や木に輪郭線を描くことで日本画風にアレンジしている。一方で絵を描く猫は西洋絵画の陰影法を用いて立体的に描写してメリハリを強調している。
スナイデルスの「鳥のコンサート」は当時から人気があったようで、複数の模写が残されている。西洋絵画において生きた魚の絵は少ない一方で、鳥の絵には人気があったのは興味深く、またの機会にコラムに書いてみたいと思っている。
以上を踏まえて下の三点を今後の制作の方針としたい。
・実物を徹底的に観察し、その奥に潜む内面に迫る。
・想像力を自由に働かせ生き物たちが生きて動き回る様子を描く。
・西洋絵画と日本の絵画、その技法と精神性を併せ持つ作品を作る。
松本 亮平(まつもとりょうへい)
画家/1988年神奈川県出身。早稲田大学大学院先進理工学研究科電気・情報生命専攻修了。
2013年第9回世界絵画大賞展協賛社賞受賞(2014・2015年も受賞)、2016年第12回世界絵画大賞展遠藤彰子賞受賞。2014年公募日本の絵画2014入選(2016・2018年も入選)。2016年第51回昭和会展入選(2017・2018年も入選)。2019年第54回昭和会展昭和会賞受賞。個展、グループ展多数。
HP https://rmatsumoto1.wixsite.com/matsumoto-ryohei
REIJINSHA GALLERY https://www.reijinshagallery.com/product-category/ryohei-matsumoto/