現代美術におけるセルフポートレートの先駆者の一人が
秘蔵インスタント写真800枚以上を含む作品から
35年超のキャリアを総括する大規模個展
京都市京セラ美術館の開館1周年記念展のひとつとして、日本を代表する現代美術家の一人、森村泰昌(1951年大阪生まれ)の個展が開催されている。
1970年代に京都市立芸術大学で学んだ森村は、美術史における名画の登場人物や歴史上の人物、女優に扮するセルフポートレートを制作することで、ジェンダーや人種を含んだ個人のアイデンティティの多重性を視覚化し、個人史と歴史の交錯点を表現してきた。近年では、ジャパン・ソサエティ(2018年)、プーシキン美術館(2017年)、国立国際美術館(2016年)、アンディ・ウォーホル美術館(2013年)、アーティゾン美術館(2021年)での個展開催のほか、「横浜トリエンナーレ2014」でアーティスティックディレクターを務めるなど、国内外で活躍を続けている。
森村は1985年、ゴッホの自画像に扮するセルフポートレート写真を制作し、注目を集めはじめた。以降、今日に至るまで、一貫して「自画像的作品」をテーマに作品を作り続けている。時にマネの『笛を吹く少年』やフェルメール『真珠の耳飾りの少女』の主人公に扮し、またある時にはベラスケス『ラス・メニーナス』のマルガリータ王女、作品『透視』を描くポートレートの中の画家(マグリット)になりきることも……。さらに人々の記憶に焼き付いているゲバラ、アインシュタイン、モンローなど歴史的な人物の写真そっくりの作品も残している。
この展覧会で展示されるのは、これまでほとんど発表されることのなかった、1985年から撮りためている秘蔵のインスタント写真約800枚。また、1994年に森村が自作の小説を自ら朗読したCD《顔》の音源をもとに、展示室に特設の音響空間をしつらえ、無人朗読劇として再制作される。森村の京都における1998年以来の大規模な個展であり、35年余り継続されてきた私的世界の全貌を公開する初の試みとなるのだ。
何者かになり変わることで自己を解体し、一個人における複数の顔を露呈する森村の表現は、スマートフォンの進化やSNSの普及によって身近になった「自撮り」と共通しながらも、決定的に異なる面を持っている。そこに見ることができるのは、自己への透徹した眼差しと、一人の人間が複数の存在として生きていくことへの圧倒的な肯定だ。コロナ禍において、あらためて自身の制作の原点に立ち返ることでこれからを模索する、森村の現在を提示する展覧会となるだろう。
森村泰昌から本展に寄せて 「ワタシ × 迷宮 × 劇場=?」
こうありたいと私が思うワタシ。私ってこういうひとなんだと決めつけているワタシ。私自身ですら思いもよらなかった未知のワタシ。私のなかにはたくさんのワタシがいて、まるでそれは迷宮のように入り組み、あるいは様々なワタシが登場する舞台のようでもあって、ともかく一筋縄にはいきません。
世界を解釈するのも、歴史を紐解くのも結局はこのワタシなのだとしたら、まずはワタシというこの複雑怪奇なスタートラインに今一度立ち戻り、最初からやり直してみたい。
本展は、コロナの時代の閉塞した環境だからこそ見えてきた、なにが大切なのかという問いがテーマです。私にとって、そしてあなたにとって大切な宝物は何? 展覧会を通して捜しあてられたらいいなと思っています。
展覧会の見どころ
1. 十人十色のワタシに変化する! 現代美術とセルフィー
名画やファッション雑誌の登場人物、あるいは自由にカメラの前で何者かを演じ、さまざまな人格に変身して撮影された森村のポートレート作品。そこでは、時に性別や国籍、年齢すらも曖昧となり、誰しもが持ちうる人間の流動的な多面性やさまざまな欲望が形になっている。セルフィーやSNSが生活の一部となった今、それは多様な生のあり方を認め合おうとする私たち現代人の姿をもあらわしているようだ。
2. 秘蔵のインスタント写真を初公開
1985年から撮りためている秘蔵のインスタント写真を、約800枚というボリュームで展示。森村にとってインスタント写真は、アトリエなどの私的空間でおこなわれる儀式の痕跡のようなものである。これまで撮影されてきたこの私的世界を総覧することで、森村作品をなす35年余りにわたるバックグラウンドの全貌を浮かび上がらせるものだ。
3. 特設の音響空間で上演される 声の劇場《影の顔の声》
1994年に森村が自作の小説を自ら朗読して制作したCD《顔》。今回これを発展させる形で、架空の京都の寺院を舞台に展開される幻想的な世界を、展示室に特設の音響空間をしつらえ、無人朗読劇として再制作する。近年、精力的に舞台に取り組んでいる森村が、28年の時を経て、セルフポートレートとしての「声」の空間を立ち上げるという試みだ。
無人朗読劇《影の顔の声》2022 年、25 分(仮)(ワタシの迷宮劇場/「声の劇場」セクションにて)
脚本・朗読:森村泰昌、演出:あごうさとし、技術監督:夏目雅也、舞台監督:小林勇陽、音楽:中川裕貴
サウンドデザイン:荒木優光、甲田徹、映像・展示制御プログラミング:小西小多郎、照明:吉本有輝子
4. 建築家 西澤徹夫+森村泰昌のコラボレーションによる会場構成
青木淳とともに京都市京セラ美術館の大規模リニューアルプロジェクトを手がけた西澤は、現代美術展の会場構成も数多く手がける建築家。同館の建築空間を知り尽くした西澤と森村とのコラボレーションは、新館東山キューブを「迷宮劇場」へと変貌させる。
森村 泰昌 Yasumasa Morimura
1951年、大阪市生まれ。1985年、ゴッホに扮したセルフポートレート写真でデビューして以降、国内外で作品を発表。2014年、ヨコハマトリエンナーレのアーティスティックディレクターを務める。近年の個展に、「森村泰昌:自画像の美術史――『私』と『わたし』が出会うとき」(国立国際美術館、2016年)、「森村泰昌:エゴオブスクラ東京2020――さまよえるニッポンの私」(原美術館、2020年)、「ほんきであそぶとせかいはかわる」(富山県美術館、2020年)、「M 式『海の幸』――森村泰昌 ワタシガタリの神話」(アーティゾン美術館、2021年)等。2018年、大阪・北加賀屋に「モリムラ@ミュージアム」を開館。著書に、『自画像のゆくえ』(光文社新書)ほか多数。
[information]
京都市京セラ美術館開館1周年記念展 森村泰昌:ワタシの迷宮劇場
・会期 2022年3月12日(土)〜 6月5日(日)
・会場 京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ
・住所 京都市左京区岡崎円勝寺町124
・時間 10:00~18:00(入場は17:30まで)
・休館日 月曜日 ※ただし、3月21日(月・祝)および5月2日(月)は開館
・観覧料 一般2,000円、大学・専門学校生1,600円、高校生1,200円、小中学生800円、未就学児無料
※美術館公式オンラインチケットサイトe-tixからの購入で各当日料金から100円引き
※京都市内に在住・通学の小中学生は無料
※障害者手帳等をご提示の方は本人及び介護者1名無料(要証明)
・URL https://kyotocity-kyocera.museum